Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
DiaryINDEX|past|will
2006年09月14日(木) |
ECMにそんなにたくさん録音しないでチャールズ・ロイド |
『メセニー・メルドー』は、やはり近々に聴ける運びとなったのだった。
『The Water Is Wide / Charles Lloyd』(ECM 1734) 『Hyperion With Higgins / Charles Lloyd』(ECM 1784) この同一セッション、結果的に2枚分売になったけど、上の作品が21世紀のバラードアルバムというコンセプトでパッケージされたのに対し、下の作品はヒギンズ逝去を受けてもちっとメルドー参加で出させてもらうわよ的なパッケージではあった。 メンバーは、 Charles Lloyd tenor saxophone Brad Mehldau piano John Abercrombie guitar Larry Grenadier double-bass Darek Oles double-bass Billy Higgins drums ロイドはやはりヒギンズとの魂の交感となったプライベート録音2枚組『Which Way Is East』(ECM 1878)のほうを聴くのがやはり先決か。このセッションではロイドは置いといて、アバークロンビーのもはやアイヒャーに気遣いすることもなくなった老獪さに裏打ちされた心地よさそうなギタープレイの走りと、それに決してからみついてゆかない、ジョンアバさんの好きなようにどーぞどーぞと言わんばかりのメルドーのピアニズム、そう、メルドーはこのセッションで「ぐうう、さすがECM、なんつう音の良いピアノで演奏させてもらっちゃってのだボクちゃんはー!すごいすごい!わあい、わあい!」と、ほんとうに指さばきが嬉しそうだ。メルドーが客演サポートの立場で弾いていいシチュエーションなんて、ここだけなんだから。
わたしにとってのロイドのイメージは。 全盛時代にいかにジャレットとデジョネットからギャラをピンハネしていたのか、というイカサマ師的なもの。 ペトルチアーニがロイドのグループから出てきた、というか、ロイドというひとは部下の手柄を全部持っていってしまい、それで自分がスターダムにカムバックしてしまう、というような亡霊のイメージ。 そんでペトルチアーニは亡くなり。 そんでヒギンズが亡くなり。 その風貌からしておれは60年代から「ロイドはジャズ界の死神、他人の生気を吸って生き延びる墓堀りジャズプレイヤー」だったのだ、と、思うのだ。これだけリスナーに愛されていないのに何枚もECMへ録音しまくる暗黒政治の黒幕、共演死の請け負い人、ロイド。
|