Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2005年12月11日(日) |
ウィンダムヒルはヒッピーとフォークの自然主義的自閉症と言うことも可能だ。 |
たださん、マンガはなにがすきー?とふーちゃん20さいがきいてきたので、 やっぱ『幕張』でしょう!、と、こたえたら、知らなーい、と、いわれた。だめだ。こんなことはあそびたいけどあそべない。 いいレビュだ。>■
たださん、音楽はなにがすきー?とひろこさん32さいばついちさんがきいてきたので、 マニアックなのー、と、こたえたら、わたしはピアノを教えてるんだけど、ジョージ・ウィンストンってマニアックなピアニストしってますー? と、きくので、知らなーい、と、こたえた。
そうかー。知らなーい、と、こたえるのには理由があるのか。
そいえばECMファンクラブ時代に、SJ誌で「ジョージ・ウィンストンはジャズか否か」という企画に問われたことがある。 わたしは当然のごとく毒のないものは音楽でもジャズでもないと断罪した。 いま考えるとジャズだったかもしれない。時代を反映する装置としてのジャズ。 ECMがドイツロマン主義の残響と仮に言うなら、ウィンダムヒルはヒッピーとフォークの自然主義的自閉症と言うことも可能だ。
・・・言葉あそびはもういい。
またレビュを仕上げたのでここに置いとく。
『グッドバイ / ボボ・ステンソン・トリオ』 Goodbye / Bobo Stenson, Anders Jormin, Paul Motian (ECM 1904) 2005
1曲目のあふれ出る叙情。聴き始めて胸からわき上がったと思うと、口から鼻から、目から耳から、同時にぶわっと身体からはみ出て止まらなくなるような窒息的な叙情。こ、こんなの反則だ。人生のいいところを味わいつくしたおっさんたち、ステンソン60さい、ヨルミン47さい、モーシャン73さいのおやじパワー・まごパワーによる余裕の技である(2004年録音)。この3世代ピアノトリオ、それぞれに曲を持ち寄ってもいるが、ジャズではトニー・ウイリアムス、オーネット・コールマンの曲を取り上げているほか、ブロードウェイの作曲家スティーブン・ソンドハイム、アルゼンチン・フォークロレのアリエル・ラミレス(ホセ・カレーラスが歌った『ミサ・クリオージャ』の!)、ロシアの歌手ウラジミール・ヴィソツキー、英国バロックの作曲家ヘンリー・パーセル、ハワイ音楽の第一人者ゴードン・ジェンキンスという、耳の達人ぶりを示す選び具合。これらが統一的な美と叙情の世界に浮遊しているのである。選曲センスではジャレット、メルドーのトリオに勝ててるかも。モーシャンが叩き出す、よっぽど表現力の強い演奏家でなければ埋没してしまう空間に、よくステンソンのピアノもヨルミンのベースも相応しい演奏を前のめりになって張り出している。ピアノとベースの表現のせき立てを喚起しているモーシャン、を、聴くべし。
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