Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
DiaryINDEXpastwill


2005年06月11日(土) 「ブラックアウト」(『Asian Kanfu Generation presents Nano Mugen Compilation』)

おれたしか、『リライト』初聴きしたとき、いまいち、とか、書いた過去があるですが、翌日には大ヒット完全体になってましたな。
いや、待った。
アジカンの新曲。
これが『Asian Kanfu Generation presents Nano Mugen Compilation』という、アジカンの新曲1曲だけ収めたコンピレーション!
このCDのほかの曲は・・・ほんと要らない。断言する。収録されているバンド、すべて才覚なし。才覚の芽もなし。アジカンに小判鮫して収録される恥というものを知ってほしい。音楽をナメないでほしい。

アジカンの「ブラックアウト」1曲と、ジャケのイラストのために2310円支払ったよ、わたしは。

で、『ブラックアウト』の出来はどうか、というと。晴れた夏の高山で雪を踏みしめながらつんのめりながら走るような、曲だ。歌詞はちと頭でっかちに転びそうなところがあるけど、全然オッケーです。シングルカット水準には、今までのシングルが高水準すぎなのもあるせいか、鼻差足りないかな。アジカンとしての楽曲のワザの引き出しが品薄になってきてるかも。いたしかたなし。



さて、懸案であった『日本伝統音楽の巨匠シリーズ』25作品のレヴューを粛々と進めたいと思う。

『義太夫 豊竹山城少掾/菅原伝授手習鑑~道明寺の段』豊竹山城少掾

義太夫自体を初めて意識して聴き始めた。古い録音らしいノイズの中から、三味線がすっと気配を立てて音とリズムを放ちはじめる。この導入部を刻む三味線の“溜め”(というのか)を感じる十数秒で、鳥肌がたった。楽器という限定された表現だからこそ、そこに熟達と年輪を、精神のかたちを見ることができることを今更ながらに理解する。そして“声”が始まる。・・・何を言ってるのかわからない以前に、この呻きと唸りと喃語が合わさった“芸術”にたじろぐ。ジョー・マネリが即興で呻いた『Tales of Rohnrief』を想起する。その発音に、モンゴルから伝来したであろうホーメイ唱法の歴史を通過した痕跡さえわたしは視た。日本は文明開化の前にすでに西洋音楽を凌駕する表現を所有していたことを示す国宝ものの名盤だ。このCDはロバジョン(『Robert Johnson Complete Recordings』)のように聴かれるべきだろう。比類なきジャンルの開祖、バッハ、チャーリー・パーカー、レッド・ツェッペリン、広沢虎造、デレク・ベイリー、はっぴいえんど、と、同等に音楽ファンには届けれれるべきである。

おい、まことくん。わたしの日記を読んでオレゴンを買う前に、これを買うべし。


Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

My追加