日記...マママ

 

 

答え - 2007年04月15日(日)

さっきからずっと考えている。
さっき、というのは彼氏と電話をしてからで、自分の日記を読み返し、書いては消し、書いては消し。

彼氏が日記を読んでくれた。
読んでくれた、というか、図らずも読んでしまった、と言ったほうが近いのかもしれないけれど。わたしがその原因をつくった。
いろいろ考えた結果、わたしは、彼の傷つきそうな話、落ち込みそうな話、つまり学に関係する話を、意図的に避けて彼と関わってきた。
でも、同時にそれは彼の中にある大切な人の存在をも疎外する流れを作っていたのだと思う。
彼が学の話に触れ、わたしにとっての学という存在についての率直な感想を述べてくれたとき、へんな話だけど、申し訳ない話だけど、わたしは本当に、安心した。わたしだけじゃないんだ、この人も、そういう風に思ってくれたんだ、と思った。もちろん申し訳ないと思った。懸命にことばを選びながら、自分の微妙な感情のぶれを少しずつ紡ぎ出してくれているのであろう彼の姿を電話の向こうに想像し、いとおしくて、ありがたくて、申し訳なくて、涙が出てきた。
葛藤を隠していたことを、反省した。
彼にこの葛藤の深さを知られるのと同時に、わたしは今、彼の中にある大切な人の存在をとても普通に受け入れている。このふたつの出来事が本当に同時にわたしのなかで起こった。化学反応みたい。いや、もっと単純なことだ。
わたしは、学を抱えながら生きている。
自分がそうなんだから、受け入れるのが普通なのだ。
ようやくそのことが理解できたらしい。
学のことを棚に上げておいて(酔っていたとは言え)彼に泣きながら不安を訴えるなんて筋違いもいいところだ。
頭ではわかってはいたのだけど、だけど、今まで本当の意味で体感することができなかった。
勝手な人間だと思う。
ごめんなさい。
それなのにそのときの彼は、わたしのことをひとことも責めず、ただ誠実に、わたしが泣き疲れて眠るまで、話に付き合ってくれた。
ごめんね。
ありがとう。


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