くまのプーさん - 2006年07月10日(月) 哲学的な含蓄に富んでいるというのはよく聞く話だが、今日初めてちゃんとアニメで見て、確かにそうなのかも、と思った。 ねじ巻き式のおもちゃブルーノは、自分はクリストファー・ロビンに必要とされていない(というのは、ブルーノはロビンのためではなく彼の友人のために準備されたおもちゃだったから、なんだけど、ブルーノはその事情を知らないので)事実に絶望し、森の中で自らねじを抜いて捨てるのだ。 プーさんとラビットとピグとティガーとロビンは必死にブルーノを探し回り、果たしてぜんまいが切れて動かなくなった彼を見つける。 「はやくねじを巻かなきゃ」 5人でねじを再び差し込み、巻いてあげると、ブルーノは復活した。 そこでロビンが誤解を解き、すべては幸福のうちに物語は終焉を迎える。 なんと言われようとこれで泣かずにはいられようか。 なんと言われようと。 人間も、人間もね、こうやって、ねじ巻きで、 絶望と誤解を、解きほぐすことが、できたなら。 彼の絶望や誤解は空中を彷徨ったまま消えない。 ずっと消えない。 ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっと 公文で「わくわくタイム」というのをやっていて、要は新規顧客開拓キャンペーンなんですが、乳幼児に絵本を読んだり歌を聞かせたりする。 うちの教室にも1歳の女の子がひとり、月に一回来ているんだけど。 今日はお疲れだったようで、途中でぐずり出し、お母さんのおっぱい飲んで寝ちゃったんですね。 寝顔が。 おかしいね。 安心しきって、弛緩しきったその子の寝顔が、あのときの学の顔に、あんなに似ているのはなんでなん? あのときの学の顔。 四十九日とはよく言ったものだなぁと思うけれど、本当にそのくらいの時期に、少し、残された者の心持ちというのは少し転機を迎える。 それが先週の月曜日。 ような気がしていただけなのかな。 それからはなんかもうぐちゃぐちゃで、 私の思慮浅さとか安請け合いが、彼を殺したのか。 中途半端さが殺したのか。 気まぐれ。 全部だ。 違う、あなたの責任ではない、と言ってくれた人皆ありがとう。 少なくとも言われた瞬間は少し楽になる。 日常生活のあらゆる断片で彼を思い出す。 彼と、彼を殺した自分と直面する。 でも、そのひとつひとつを周りの人には言えない。 だからしんどい。 人は死んだらそれで終わり、というのはなんて単純明快で、ひどいことなんだ。 わかってるようで、まったくわかっていなかったこと。 -
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