ニラレバ - 2004年03月08日(月) ※今日の日記はかなり見苦しいです。読まないほうがいいと思います。 じゃぁネットで書くなと言われそうだけど。 牛後ではなく鶏口でありたい。 親の転勤がなければなぁ、と今日思った。 ずっと同じ土地で、 幼稚園に通い、 小学校に通い、 中学校に通い、 高校に進学して、 大学に進学するとしたら、県外に出ることもあるだろう。 でも、また、地元に帰ってくる。 中学校に進学するときに、小学校の頃の友達がいれば。 ずっと変わらない友達と、ずっと一緒に、大きくなる。 小学生の頃、私は優等生だった。 自分で言うのもなんだが、素直でいい子だった。今じゃ考えられないが、明るくて打たれ強い性格だった(鈍かったと言ったほうが的確な気もするが)。 当然だが男子にもモテた。 そのまま、中学校も、高校も、 そのまま、成長できていたら。 まっすぐに、優等生のまま、屈折や挫折を知らずに、まっすぐに、成長していたら。 無理なく進学できて、無理なく授業についていけるような学校で、優等生のまま、いられたら。 幼い頃住んでいた土地の中学校から、その土地の高校に進学していたら。 ずっと、優等生のままで。 たくさんの友達に囲まれて、 そのうちできる彼氏も、みんなの人気者だったりするんだ。たぶん。 彼氏の部活は野球部とかサッカー部とかで、体育祭では応援団をする。 カメラを構えた女の子が黄色い声援をあげてて、でも、そんな女の子達をかき分けて、最後は私のところに駆けつけてくれるんだ。 いや、そんな架空の彼氏自慢がしたかったんじゃなくて、えーとなんだ。 そんな風に成長していたら、私は、その土地での「勝ち組」になれていたのだろうか。 狭い地域社会での「鶏口」になれていたのだろうか。 先日、母と二人で会った。 何かの拍子に母が「あなたは、小学校の頃は、本当によく笑う子供だったわよねぇ。ほんとうに、いつも笑ってたわねぇ」と言った。 その拍子に涙が出てきてしまった。 喫茶店でコーヒー飲みながらですよ。何やってんだよ。 年寄りの回想だから、そりゃまぁいつも笑ってるように思い起こされるんだろう。実際は泣いたり怒ったりもしてたと思うんだけどさ。 親の転勤がなければ。 祖父母の自宅介護がなければ。 私が妙な方向で無理し続けていることに、もっと早く、誰かが気づいていれば。 我が家に暗い季節がなく、小さな波乱こそあっても大体において平穏な時期が長く続いていれば。 そう。私が小学生の頃のような平穏が、ずっと続いていれば。 私は「勝ち組」になれたのかな。 マイホームなんてなくてよかったのに。 私が私でいられる場所さえあれば。 ずっと優等生でいられたら、今頃私は何をしているんだろう。 幼い頃住んでいた町を思い起こすと、自分が幼い頃描いていた夢が蘇る。 私は、看護婦さんになりたかった。スチュワーデスにもなりたかった。小説家になりたかった。何億というお金が動くような商談をまとめる敏腕のキャリアウーマンにもなりたかったし、お医者さんにもなりたかったし、家の隣の小さな事務所で働いているような普通のOLにもなりたかったし、 学校の先生にもなりたかったし、 漫画家にもなりたかったし、 そのどれにもなれるような気がしていた。 ずっとそこに住み続けて、ずっとずっと、いい意味で 変わらない友達、変わらない家族、 変わらない自分、 と一緒にいられたなら、 今頃は、そのどれかになれていたのだろうか? いや実を言うとOLだけは実現したわけですが。 なんて感じで、「たら」「れば」を延々と考えているうちに「なんかニラレバみたいだな」とふと思ったので、今日のタイトルはニラレバです。 これを責任転嫁と言わずして何を言おう、ということは自分でもわかっているので。 ただ最近ちょっといろいろあって吐き出さずにはいられなかったのです。 -
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