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2007年12月09日(日)
無題2

私が、命を閉じようとするときを想う。

「誰かのために生きること」
その言葉が大きく頭をよぎるだろう

人生は限りがある。はかなくも、現実として。
残された時間、誰かのために生きることができるか?
だれかが、わたしのそばにずっと居てくれるだろうか。

自分の生きてきた人生の価値、いや、意味が、こうしたことで
大きく変わってくるんじゃないだろうか


孤独って、やはり怖いのです

私のような、誰よりも醜く、弱い人間でも、
孤独になることに対し、
四六時中、常に大きな恐怖感を持っています。
いつも、こころの片隅で、おびえている

だから、人を愛し、恋をする。大切にしたいと想う
しかしながら、結果的に、そういかないことになる
居てほしくても・・・いつかはいなくなる
それは、きのう書いたとおり。

何を持ってしても、
どうにもならないことの方がおおいかもしれない

人を愛することは、複雑で、難しい。
人の心も、想いも、時とともに、必ず風化するのです
どんな愛を持ってしても
簡単に、自分だって、過去の存在になってしまう
忘れ去られる。それは、僕だって、誰だってそうだろう


悲しくて、悲しくて
涙を流しても
過去に時間を戻すことは、誰にもできないのです。


「変化」することで、僕らは成長するとするならば
「忘却」は、残酷である反面、必然ともいえる



忘れることで、
風化することで、
どんな悲しみも、ある程度乗り越えていける
悲しみの涙も、そうすることで、いつかは枯れ果てる
こころから、笑えるようなるために向う
一筋の光が射していく


そのときに・・・

誰かがぞばに居てくれることの大きさ
かけがえのない、存在というものに気がつくこと


孤独は、一人でいる孤独よりも
二人でいる孤独の方がいいかもしれない

私だけは、あなたのために生きていく
私は、あなたのそばにいつもいる
離れていても、味方でいるから・・・

どんな悲しみも、その言葉、その存在、その思いで
すくわれる。生きることに、力を与える

そして、与えられた自らも、その人に対して
同じ想いを抱きながら生きていく


ずっとずっと、いっしょにいることができる、
ずっと、信じあえ、愛し合える人は、
長い人生で、ひとりいるかいないかであるはずです


離れないで
信じあって
誰かのために生きること
その意味は人生のうちで、非常に大きいもののように、
想うのです

ぜひ、「この人のために生きていく」
そんな生き方、
せめて、みんなだけは、してほしいと、こころから想うのです


静かに、穏やかに、
その思いは、きっと、愛する人のこころにも、自分にも積み重ねられ
強く、強く、どんなハガネにもかけない

「絆」

となって、2人を、ずっと結び付けていくものと、僕は信じている



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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