Land of Riches


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 2015年10月11日(日)   崇拝 

誕生日祝いにもらった岐阜県産もみじ茶、イロモノかと思ったら結構美味しかったです(挨拶)

私が誰もいないオフィスまで鎧武外伝上演会のチケットを取りに行ったことを
昨日付に書きましたが、せっかく休日にわざわざ職場まで出向いたので、
職場から割と近いと言える広尾の祥雲寺に行ってきました。
お寺は日没閉門なので、仕事が終わってからでは寄れないのですよ…。

もともと祥雲寺は赤坂の黒田家中屋敷(黒田家は戦後、税金を土地で納めたので
現在はサウスタワー)に福岡藩の二代藩主・忠之が父を弔うために建てたものでした。
その後、江戸のお約束・大火などで移転して、現在は広尾にあり、渋谷区一番の巨刹です。

ご立派な門をくぐると道路が二手に分かれてて、元敷地(?)に家も建ってて、
都会の寺って…と思わずにいられないのですが、SSが隣に立つ広い墓地の端に
ひときわ大きな屋根つきのお墓があります。黒田長政の墓です。
左右に継室と娘、近くには秋月黒田家はじめ大名家の墓が並びます。

長政は夏の京都で病死し、遺骸は塩漬けの上、福岡に運び荼毘に付されたことになっているので、
ただ墓が建っているだけではあるのですが、亡き父が最晩年に信仰した師を迎えて
建立した寺だけあり、墓に刻まれた文字も金色に彩られていました。

近頃、さんざんいじらせて頂いているので、詫びも兼ねてお線香上げてきました。
博多の名を冠した久留米の焼酎と、如水庵の筑紫もちが備えてあったのが印象的でした。

歴史上の人物には墓が何箇所もあるのですが、長政の墓も4つ?5つ?はあります。
(こんなこと書いてると今流行の?墓マイラーみたいですが、違います)
長政自身が父・官兵衛を追悼するために立てた京都の龍光院、
忠之と不仲だった三男・長興が自らの領地で同様に父を弔うために立てた古心寺、
福岡市内にある黒田家の菩提寺・崇福寺…高野山にも黒田家の墓はあるそうです。

高野山にあったりするのは、日光東照宮の鳥居と一緒で、無駄遣いをさせようとする
幕府の政策にも忠実に従った結果だと推測されています。
黒田家は身内でも信仰する宗教がみんな違う、ある意味日本らしい有様なので、
いろいろと妄想、もとい想像の余地があります。

いずれにしても、長谷部を通していろいろ勉強する気になったのはありがたいことです(微笑)


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