Land of Riches


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 2004年03月21日(日)   白木蓮 

今日のタイトルは「マグノリア」と読みます。
…京王の沿線には好きこのんでmagnoliaを植えてある場所があるというから。

この国の未来に君と生きていたい イメージを持ち続けよう 夢のマストに刻み込んで

試合の2日前は紅白戦―今回はフル代表の発表とかち合ってしまいました。
ひょうひょうと取材に応じる玉田さんの後ろで、何か話していた永田さん。
彼があの日笑ったのは、向けられた使い捨てカメラへ固い顔をしてみせたら
小さな男の子に命令調で「笑って」と言われて、反射的に笑った一瞬だけ。
そのくしゃくしゃにした顔は、ふれフェスで、やはり小さな男の子から
「がんばってください!」ときつく言われて苦笑いしたのと変わらぬもので。

ランドへ行くのは、昨年5月に現U-19がU-18として起動合宿を行った際のTM以来。
あの頃、五輪代表は一次予選を戦っていました。いろんなことがあったせいか
行き方を忘れてしまった(なぜ忘れたかさえ忘れていました。あの時は
ついていっただけだったのです…現地に着いて、ようやく思い出しました)のですが、
Sさんに教えていただき、そのバスでヴェルディの下部組織の子を見つけたのもあり
無事に到着できました。ギャラリーは予想以上に多かったです。だから、
私の隣に来た“ランニングする平山相太の写真ばかり撮る親父(お約束のように
「増嶋はいないのか…」と言っていた)”のような人がいてもおかしくないのです。

増嶋さん(と梶山さん)は大分からまだ帰ってきてないらしく、いませんでした。
しかし、水本主将・小林・吉弘の3バックは揃いも揃って対人守備に滅法強く、
まさに鉄壁としか評しようのない守りで魅せてくれました。すごかったですよ。

全体としては明らかにお約束の大熊サッカーへと傾斜していて、寺田さんが
スピードかけた縦突破だの自陣ゴール前での対人守備だのをやっていて、
かなり切なくなりました。緩急の「急」しかないんです。そして、鉄壁は
必ずしもよき起点ではないのです。ちなみに両翼の羽ばたきぶりは最強です。

点差が開き、だれてきても最後まで熱意を絶やさず、試合後に引き揚げようとする
イレブンをきちんと相手ベンチへ挨拶に行かせた水本キャプテンは本当に
偉いなあと思いました。祐三さんが最終盤でリーダーシップがないことを
監督に指摘されてしまうわけですよ。変な話で、この代表って守備ができない
選手って使いようがないんですよ。とにかく守備。そこからの逆襲という感じで。

この試合に関しては正直詳しく書く必要性を感じないので、これで割愛して、
(正確には、これ以上書く気力もないし、何より書いても無駄という落胆がすごいです)
味スタの話―早起きしたせいでしょうか、だるくはあったのです。しかし今回は
ルートで苦手な地下鉄(私が都内の仕事に前向きになれないのは、あの閉塞感が
かなり苦手なのが大きかったり)を回避したし、バスでは窓越しに咲く白や桃色の
花を愛でていい気分だったのです。試合も、いい守備がたくさん見られて。
もちろん、物足りない部分もたくさんあったけど―増田誓志さんの守備とか。

もう何が自分へどう作用するかの予測もつかないのか―スタジアムの入口にあたる
ペデストリアンデッキへの緩やかな階段を登るのに息が切れました。立ち止まりかけて。
自覚してました。これは、自分がスタジアムへ向かう理由が惰性に過ぎないという訴え。
永田充はレギュラーなんだという甘え。1969シートだから、バックゲートで
スタジアム半周を強いられた私は、どうにか席に座り、ユニを着るのですが、
ここから試合中に至るまで、何度も何度も咳き込み、頭痛に頭を抑えこみ、
息が詰まる感覚がして、胸を押さえ、目の前が真っ白にもなったのです。

少しきつめの日差しを浴びながら、何度も遠ざかりかける意識に、いっそ
このままレイソルの…永田さんがラインコントロールしている前で
全てがぶっ飛んでしまったら幸せ者なのかもしれない、とさえ感じてました。

自分へ負荷をかけないようにと、注意は払ってきたつもりなのに。

味スタネーミングライツ1周年のスープ10袋に喜んだり、1969シートなのに
ファンバナを広げたり(周りにも結構いたけど)しながらも、時間が流れ
試合が終わってほしいのか、時間が止まり、このままいつまでもいたいのか、
もう何も分からなくなりそうで…ただバックラインだけを見てました、相変わらず。

ジーコが見に来ているというのです。だから、永田さんとしては良いところを
見せたいと願うのは当たり前―しかし小峯さんのストッパー起用をテストするまで
相手に合わせた布陣を組んできたのもあり、両ストッパーはマーカーに合わせて
ずるずる下がってくるのです。いや、柏のバックラインは実質5バック。
おまけにボランチも引き気味で、7人で守り3人だけで攻める形なのです。
…それでも、両腕を振り、ラインを高く取ろうと努力する永田さん。
いくら回させるのが戦術だとしても、攻撃陣がキレないか心配になります。

1969の中盤はマイボールになるとあがるのに、レイソルは動かないから
前は常に薄く、まるでアウレリオ体制のように個人技量へ依存するのです。
(永田さんが一番前まで進出する機会があったのも、まさにこれそのもの)

谷澤さんとゼ・ホベルトが入ると、それまで自陣でばかりサッカーしてたのに
一気に流れが逆転しました。「2人が入ったことで、攻撃のバリエーションが増えた」と
永田さんは試合後に語ってましたが、二人が入ってくるまでひたすら我慢、
これを今年はパターン化して繰り返すのでしょうか? 私はバックスの
ディフェンスを見てれば満足できますけど…谷澤さんのテクニックに、
レイソルのオフェンスはあまりにも依存しすぎだと私は思ってます。

その谷澤さんがうまく打った左からのミドルはなんとかはじかれたのですが、
そこからのCKをファーで永田さんがヘッド、その後ごちゃごちゃしたのですが
結局、最初のヘッドの時点でゴールラインを割っていたと副審が判定しました。
みんなが永田さんへ乗りかかって祝福しました。ようやく解放された永田さんが
ガッツポーズなんかしながらしていた笑顔、飛び切りの笑顔が、私を救ってくれました。
(アナウンスはなぜか谷澤さんだったのですが、途中でこっそり訂正されました)

絶対あれがなかったら家に帰れなかった…席から立ち上がれなかった、ありがとう。

ヒーローインタビューを受け、一人でサポーターへ向かう中、例によって
「ありがとう ありがとう♪」の大合唱を浴び、それに笑っていた永田さん。
なんなんでしょうね、彼と、彼のファンの幸福は。

>公式戦初ゴールなので嬉しい。
>玉田さんからファーサイドにいいボールがきて、あとは決めるだけだった。
>東京にボールを持たせることは、最初から想定していたこと。
>監督の構想通りだったので、全く問題なかった。
>このまま磐田と当たる時まで勝ち続け、磐田を倒せる力があることを証明したい。
>日本代表でも18人に残れるようにアピールして、
>選ばれたら試合に出られるように頑張りたい。(公式HPより永田コメント)  

「どうしたのぐったりしちゃって」
隣の男の声に反応する私―彼は腕を組んでいる自分の彼女へ言ったのに。
飛田給駅で壁にもたれて座り、階段を下りてくる人々を見て、街(特に地下街)を
歩く人々と同じような疎外感・圧迫感を受けて疲弊していく自分に愕然としました。
人ごみは苦手、でもスタジアムの人ごみは同じ目的を共有する“仲間”だから
平気だったのに。黄色いユニを着て降りてくる人、きっと似たようなこと考えている、
でも他人。自分じゃない。違う、違う、違う。全ての人が【他人】と書かれた
紙をつけて歩いているように映ったのです。ああ、もうダメだって思いました。

遠く遠く、いる人と、永田さんのパフォーマンスについてメールを交換しながら
どうにか帰りました。完全に一人じゃないから、とどまっていられるのです。
細い細い綱で現世へ縛り付けられているのが今の私。こうやってタイプしている
文章の内容なんか全く確認できないのが今の私。何が言いたいのか自分では(以下略)


♪ありがと〜 ありがと〜 永田よ ありがと〜
みんなで〜 いっしょに〜 「ありがとうございました!」


一人で内心コールしながらすすった、めん吉のミソラーメン。
感謝―不思議なコールが伝えたいのは、素直な気持ち。
いっせいに頭を下げられて、永田さんは笑っていたのですが。



…当初考えていた、帰ってくる途中に書くつもりでいたことと全く違う内容の
LRになってしまっているような気がしますけど、どう違うのかは分かりません。
頭が回りません。でもニュースバードの録画中継、タイマーで始めなかったから
眠ることもできません。八方塞。絶望。諦観。自壊。殺意。混乱。白濁。頭痛頭痛頭痛。

……これを書き直したくなるような気分になれるといいな。


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