Land of Riches


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 2003年09月17日(水)   アシタヘカエル 

足踏みせずに言い訳もせずに
胸に抱き続けてる遥かな光まで一歩ずつ
昨日の僕を繰り返すだけの明日にならぬように
少しでも踏み出していこうと誓いながら


大熊ジャパンを「上」も「下」も(主に3バックのクオリティが高いという理由で)
応援しています…それなりに入れ込んでますけど、語る時―感情的にまくしたてる時、
「あいつら」だの「あの子達」だのという言葉で表現してしまうことがあるのは、
1981・82年生まれだけです。西村ジャパンの記憶。脆かったけれど、時折噛み合って
目が覚めるようなサッカーをしてくれたチーム。その発展形でもあり(正確には
「あってほしい」)生まれ変わっての第一歩でもあった、昨年のツーロン国際が
現・五輪代表世代(あくまで世代であって現在のチームにあらず)を述べる上では
欠かせない要素となっています。その“象徴”(not本質)が松井&山瀬コンビです。

松井さんは前日に「山瀬とはツーロンの時もやりやすかった」とか「ツーロンのような
サッカーを再現したいですね」という発言を残しています。一方の山瀬さんも
「1トップなので、動き方は分かっています。この形(1トップ2シャドー)は
ユースの時もやったし、ツーロンの時もやった。だけど1年前の話だし、その後
僕けがをしてしまった」とコメントしています。今更言うまでもなく、松井さんは
ツーロンでベストエレガントプレーヤーを受賞した人ですけど、それがあったにしろ、
彼が“ツーロンのようなサッカー”を良いものと見なしているのは特筆すべきでしょう。

1トップ2シャドーという言葉(戦術としてよりも、むしろキャッチコピーとして)は
2年前までさんざん振り回されていた概念です。今回、その1トップとして嘉人さんを
据えました。ありえない選択です。いや、全ては前日練習の布陣で予測できたこと。
GKの不確定要素ぶりが多少増したかというぐらいで。3バック(リベロに、Jリーグで
ボランチとして活躍している選手を据え、その展開力に期待するというこれまでの
正しかったかは別として貫いてきたものを無視するような人選の)へ守備において
並々ならぬ負荷がかかるのも、クロッサーがボールを上げる先がないのも、自明の理。

試合を重ねれば重ねるほど期待は失せ、空しさだけが募り、もう誰が悪いと個々の名前を
挙げても仕方がなく、また、実際にそうすることができない領域へ達しています。
(那須さん率いる)3バックは個人の力で守備を頑張っていたけれど、最後尾のGKは
頼りないし、ボランチとシャドーの一人(=病み上がりの山瀬さん)はいるのか
いないか分からないし、そもそもどうやってゴールへ近づいていくのか、フィニッシュへ
至るのか、さっぱり分かりません。いや、山本ジャパンが始動して1年以上になるのに、
いまだに何がしたいのか理解できません。予測不能。フットボールの組織として
全く成立しているといえない11人が、そこにいます。そして、そこにいる彼らは
「谷間の世代」という形容に甘んじている、あの頃、記憶…時間を共有した選手と、
彼らとしのぎを削ってきた同年代の選手なのです。好きなものがけなされたり
壊されたりするのはヒトとして耐え難い苦痛ですが、要した時間はたった1年。
いや、もう悲しみや怒りすら湧き上がらなくなって、どれくらいになるでしょう?

…私には7月の日韓戦の記憶がほとんどないのです。その直前に衝撃的な出来事があって。
更にさかのぼっても、執着する労力を注ぐのが辛いという割り切りが、既にあるのです。
“見に行ってもしょうがない”と思ってしまっているのです。それでも行かねばと思いつつ。

試合が終わってから3時間近く経過しているので、これでも電話で話したりして、
"Passion"に近い部分は発散されてしまった状態です。残っているのは空しさのみ。
仕事場でレアルのビデオを貸してあげようかと言われたのですが、気乗りしませんでした。
あんなのを見たら、さして強くもないアンダー代表を見られなくなりそうだから。
というか、どうして見続けているのか、自分が分からなくなりそうだから。

何をどうすればいいのか分からないけれど、どうにかなるはずと思っている自分がいます。
このままじゃ終われない…その言葉を私は決して忘れられないのです。

…高松さんは、眼差しはともかく、“犬”の顔じゃないですよ?(にっこり)

2003 9 18 wrote


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