Land of Riches
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2002年06月18日(火) |
市川大祐のワールドカップノート(その4) |
…とりあえず今夜の韓国とアズーリの試合は見ません。 見たいんですけど、正気で見られる気がしないから。 自分の胸に渦巻く負の感情を抑えつけられそうにないから。
まず、スタメン見て驚きました。NHKの堀尾アナも混乱してましたけど、 「トップ下左:アレックス/左アウトサイド:伸二」で良いのかな? やっと出番の巡ってきた西澤さん1トップ―これ、結局はどうだったんでしょう? トルシエのスーツの色(父いわく)と同じぐらい私には不思議なプランです…。 トルコにはハサンがいるから右アウトサイドが明神さんなのは当然の選択でしょうし、 (松田さんと二人で、いや、時には宮本さんも加えて四苦八苦してましたね) 上記の左サイドも、伸二さんがオランダでのポジションたらい回しで身につけた(苦笑) 守備力でどうにかなっていたから、それはそれでいいんですかね…。
失点シーン―DFにはミスは許されない、分かりきったサッカーの鉄則。 FWは、極端に言えば100回のうち99回ミスしても1回決めればヒーローになれるのに DFはその逆。守れて当たり前、たった1度のミスが命取り。不条理だと思いますよ、私は。 でも私の好きなあの人はその緊張感がDFの醍醐味と言うのです…よく分かりません。 多分、ミスをしない選手なんていない、でもそれが失点につながってしまうかには 運も絡んでくるでしょうし、してしまった舞台が世界大会だった、というのは もはや人力を超えた何かの存在さえ感じます。これは言い訳でしょうか?
したくてしてるわけじゃない、そんなの当然。
http://www.sanspo.com/soccer/top/fr_top04.html >トルコの左サイドは攻撃的とあって、右サイドMFは明神(柏)が濃厚。 >市川(清水)はチュニジア戦同様の途中出場の可能性が大だ。 >「トルコはチュニジアをパワーアップしたイメージがある。 >いいところに数多く走りこみたい。失敗を恐れずに >どんどんチャレンジしていきたい」ときっぱり。
http://www.sponichi.co.jp/soccer/kiji/2002/06/18/02.html >MF市川は積極的な攻撃でトルコを脅かす決意を明らかにした。 >トルコのイメージを「チュニジアをもう少しパワーアップした感じ」と表現し、 >縦の突破からチャンスをつくる手応えを得ている。 >後半から出場したチュニジア戦では絶妙なクロスで中田のゴールを >演出しただけに自信もチラリ。「いいところに数多く走り込みたい。 >失敗を恐れず、どんどんチャレンジしたい」と >トルコDF陣の攻略に闘志を燃やしていた。
本人の前日コメントを見ながら、でも投入は仮にあったとしても、トルコがバテてくると 評判の後半終了間際じゃないかな、と思ってたんですよ。でも後半最初から。 ちょっと驚きました。しかもアレックス・稲本→鈴木・市川です。 2トップにした方が機能するのでは、というのは分かりますが、アタッキングサイドを 変えただけというのは…トルコが3バックから4バックにしてきたり、後半は 引き気味だったりしたのもあって、なかなか“いいところ”を見つけられず、 苦手な守備で周りの助けを借りたり、本人も、チュニジア戦同様に行きたかったのに どうにもやりたいことがやれなかった自分に苛立ちを感じていたようです。 (現時点ではNHKニュース7で流れたコメントしか知らないので) でも、駆け上がった時にあげたクロスはみんな綺麗で、なんで決めてくれないんだ、と 私はブラウン管の前でカリカリしてました。ああ、確変してるのに…と。
攻めて、攻めて、攻めて、でも1点が取れなくて。 最後、市川さんが森島さんに代えられた時は本当ガックリしましたよ。 使えないって思われたのかな、って。
終了直後から涙をにじませている選手はいましたが、adidasが用意した謎の(…) 「Thank you JAPAN」グレーシャツをまとって場内一周しながら 泣き崩れていた―誰よりも鳴咽していて、トルシエに抱かれた姿に心がよどみました。 (だけど、あんな交代でも、涙でぐしょぐしょになっていても、ピッチから出る時は そちらへ顔を向けるんですよね―日々の練習でも帰りには必ず芝に一礼するそうです)
あんなに待ち望んでいた、とにかく出たいと叫んでいた、世界大会。 U-17世界選手権(主将なのにPK外した)・フランスワールドカップ(直前で 外された)・ワールドユース(オーバートレーニング症候群)・シドニー五輪と 4度の機会を逃し、ようやく立てた夢のフィールド。あんなに泣いていたのは… きっと、自分の無力さが腹立たしいから。でも…4年後、ドイツ大会が待っているから。 4年が短くないのはよく分かっているはずだけど。今度はアジア予選もあるし、 ホームアドバンテージもない…何が待ち受けているか分からないけれど。だけど。
(1998年、アルゼンチン戦を「スタッフ」として見届けて―from "ai" 1998 Aug.) >「22人から漏れた時の悔しさとは、全く違う悔しさですね。夢だったワールドカップ。 >その夢が間違いじゃなかったと改めて感じた。でもそう思えば思うほど、悔しかった。 >絶対に2002年にはピッチに立ちたい」
(その1年後、シドニー五輪代表に一次国内ラウンドから合流―from "ai" 1999 Oct.) >―1年前について振り返ってもらえますか? >「僕はまだまだ若いし、そこが別にゴールじゃないから、 >だからここからまたスタートしようっていう気持ちでやれた。(中略) >まだまだ、僕の今の歳なら、そういう挫折感みたいなものは、 >たくさん味わった方がいいと思うから」 >―市川選手にとって世界大会とは? >「とにかく出たい! ピッチに立ちたい!」 >―世界大会には何があると思う? >「今まで自分がサッカーやっていて、気づけなかったこととか。 >自分のレベルが世界に対してどのへんにあるのかっていうのも分かるだろうし、 >どれくらいやれるのかっていうのも。あと世界にどんな選手がいるのかっていうのは、 >テレビ見ただけで肌で感じたことはないから。テレビでは絶対に分からないような >“すごい”選手と対戦したら、すごい経験になると思うから」 >―市川選手の頑張りを支えているものは? >「自分に大きい夢っていうのがあるし、それを叶えたいって気持ちが支えになってる。 >夢を叶えるためには、やっぱ努力しなきゃいけないから。でもね、その夢というのは >ワールドカップ優勝っていう夢だから、そう簡単には叶えられないでしょ、やっぱり。 >だから今の僕を支えてるのは、エスパルスで試合にちゃんと出たいという目標」
夢への階段―あと4段まで迫れた今回。そこまでたどり着く苦労は嫌というほど 味わったでしょうから、次は、1段1段が途方もない(←なんか変な表記だけどうまく書けない) 遥かなる高み・決勝トーナメントというステップを、登っていく姿が見たいです。
きっと、今回の3試合(ロシア戦は出てないから…)で綴ったサッカー日記は、 4年前のトゥールーズでつけたものよりも、はるかに、ずっとずっと、 市川さんのサッカーライフを支えていくはず。どんな試練があっても。
日本代表の平均年齢の若さは世界屈指。いわゆるゴールデンエイジは 2006年に20代後半の、プレーヤーとして最も華のあると思われる時期を迎えます。 そして…そんな頃には、ゴールデンエイジに続く世代・ネクストジェネレーションが 台頭していなければならないのです。そのための、アテネだと思うのです。 私自身が、アテネ五輪代表とどんな関係になるかは、現時点では想像もつきませんけど(微苦笑)
そして、時は今も静かに、太古から変わらぬペースで流れていく…。 人間は弱い、葦のようなものだから、その渦に(大抵は)常に溺れているけれど。
また歩いていきましょう。今回は仔細な縁(苦笑)で応援することになったけど、 これから、どこで、私と市川さんが交錯するかさえ定かではありませんから。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020618-00000081-kyodo-wcp >「(トルコに)負けたということもあるし、自分のプレーができなかった。 >力のなさを感じた。最高の舞台でプレーできたことは素晴らしい。 >もっと自分を磨きたい」
2002.6.19 drafted
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