橋本裕の日記
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| 2006年12月04日(月) |
アイルランドの教育戦略 |
安倍首相は教育基本法と憲法を変えることに意欲的である。これを自分の使命だと考えているのだろう。そしてもう一つ、安倍首相がめざしているのは「法人税」の値下げだ。
この安倍首相の肝いりで政府税制調査会が発足した。22日に首相官邸で行われた初会合で本間正明会長は、法人税を現行の40パーセントから30パーセント台前半に下げたい意向を述べた。
日本経済新聞の特集「財政」を読んだが、そこで「古い基盤を崩せ」と題して、税調での議論を紹介していた。いうまでもなく日経は「経済競争力を維持するために法人税値下げすべし」が持論である。
たしかにこのところ、世界的に法人税を下げる動きが目立った。経済産業省によると、2000年からの6年間の法人税の値下げは、欧州15国の平均で6パーセントだそうである。
この間、日本は1パーセントしか下がらなかった。その結果、日本の税率が40パーセントなのに対して、英仏でも30パーセント台前半になった。なかには6年間で12.5パーセントも下げて、税率が半分になった国もある。11/29の日経新聞から引用しよう。
<なかでも税率が12.5パーセントと最も低いアイルランドは海外から企業が進出。最近の実質経済成長は5パーセント前後に達し、経済の活性化に成功した>
日経新聞によると、少し前までEUで貧しい国の代表だったアイルランドが、この10年間ですっかり経済の優等生に生まれかわり、個人当たり所得も飛躍的に伸びて、EUの平均を大きく上回っているという。
その理由は、アイルランドにマイクロソフトやHPといった世界の情報産業が乗り込んできたからだという。ここから雇用が広がり、国民の所得も大きく伸びた。これにともない国家の税収ものび、税率を下げた減収もこれによって埋め合わされた。
日経新聞は経済活性化の主要な理由を、「法人税を下げた」ことに求めているが、これは本当に正しいのだろうか。トーマス・フリードマンは「フラット化する社会」のなかで、アイルランドの躍進を、教育制度の改革という観点から分析している。一部を引用しよう。
<アイルランドはEUではルクセンブルクに次ぐ裕福な国だ。そう、何百年も前から、アイルランドといえば飢饉、移民、悲劇的な詩人、内乱、そしてちっちゃな妖精ばかりが有名だった。ところがいまでは、国民一人当たりのGDPがドイツ、フランス、イギリスより高い。アイルランドが、一世代も経ないでヨーロッパの病人から大金もちに変わったのには、驚くべき物語がある。
アイルランドの方向転換は、じつは1960年代末に始まっている。政府が中等教育を無料化したので、労働者階級の若者がハイスクールへ行ったり、工業学校で資格を取ることができた。その結果、1973年のEC加盟あたりから、アイルランドは前の世代よりも教育程度の高い労働力を大量に利用できるようになった>
<1996年には大学教育を基本的に無料化し、さらに教育程度の高い労働力を創出した。目を見張るような結果だ出た。現在、世界の薬品会社トップ10のうち9社、医療機器メーカー・トップ20社のうち16社が、アイルランドに誘致されて工場を設置している。2004年のアイルランドへのアメリカからの投資は、中国へのアメリカからの投資を上回っている、アイルランドの税収は着実に増えている>
1990年にはデル・コンピュータが、1993年にはインテルが進出してきた。1990年のアイルランドの全労働人口は110万人にすぎなかった。それが2005年には200万人になり、失業率はきわめて低い。もう少しフリードマンから引用しよう。
<メアリ・ハナフィン教育相の説明によると、アイルランドには教育の小売改革をさらなる段階に高めるもくろみがある。科学・工学専攻の博士号取得者を2010年までに倍増する運動を開始したところだというのだ。そのため、グローバル企業やあらゆる頭のいい人々がアイルランドへ来て研究を行うように、さまざまな基金が設立された。そして中国の科学者を積極的に勧誘している。・・・アイルランド首相バーティ・アハーンは、2005年6月に私に語った。「私はこの2年間に5度、中国国家主席と会っています」>
<アイルランドの物語は、資本がかならずしも、世界一安い労働力を求めて移動するとは限らないという事実を裏付けている。もしもそうなら、資本はすべてハイチかバングラデシュに集中しているはずだ>
たしかにハイチやバングラデシュがいくら法人税を下げても、世界の企業はやってこないないだろう。世界の企業が求めているのは、優秀な人材だからだ。この点に着眼し、人材の育成に焦点をしぼったアイルランドは大いに先見も明があったというべきだろう。
日経の特集を読むと、こうした本質的な分析は皆無である。ただ、そしてただ法人税を下げれば経済が活性化するかのごとき幻想をふりまいている。法人税を下げて、税収が落ち込めば、とうぜん所得税や消費税を揚げることになる。ところが所得税をあげることについては、これまた安倍首相は慎重である。日経もおなじ持論でこう書いている。
<所得が高いのは個人の努力の成果でもある。税率の引き上げで、「やる気」をそいでは元も子もない>
そうすると、大幅な消費税の値上げや社会保障費の大幅カットが必要になる。これによって個人消費は大幅に落ち込むだろう。一部の多国籍企業は儲かるだろうが、庶民の生活はますます苦しくつらいものになる。日本の場合、法人税の値下げが経済の活性化にむすびつくとはとうてい考えられない。
こうした未来に不安を残すその場しのぎではなく、教育予算を充実させ、世界の企業にとって魅力的な人材を育成することが先決だろう。こちらの方がよほど未来に夢がもてる。教育再生会議のみなさん、井戸の中の蛙よろしく愛国心ばかりにこだわらずに、もっと世界の中の日本を見つめ、大志をいだいて下さい。世界はかわりつつあるのです。
なお、明日の日記で、アイルランド在住の日本人女性(eichanの娘さん)からのお便りを紹介しよう。本当に日経やフリードマンが書いているようにアイルランドが夢の国なのか、現地で長く生活している人の感想に耳を傾けてみたいと思う。
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