橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
政治評論家の森田実さんのHPを私は愛読している。この人の講演を私は2回ほど聴いたことがある。個人的にメールを差し上げたが、丁寧な返事をいただいた。その主張もそうだが、人間的にも大いに尊敬している。
その森田さんが、10月5日の「世論を斬る」で、田村秀(新潟大学助教授)さんの「データの罠 世論はこうしてつくられる」(集英社新書、2006年9月20日刊)を紹介している。さっそく私も購入して読んでみたが、世論がいかにして作られていくか、その課程で新聞に掲載される世論調査がいかに悪質な世論誘導になっているかがよくわかった。
たとえば、読売新聞は1997年5月2日の読売新聞の1面には「消費税上げ56%が容認」の見出しが躍っていた。世論調査の結果は「当然だ5.4%、やむを得ない50.7%、納得できない42.6%、答えない1.2%」だったという。この数字だけみれば、たしかに過半数が「容認」している。
しかし、問題は読売新聞社がどういう設問をしたかということだ。設問の内容によって、実のところ結果は大きく変化する。このときの読売新聞社の設問はこうだった。
「4月1日、消費税の税率が3%から5%に引き上げられました。高齢化が急速に進む中で、いま消費税の引き上げを行わないと、財政状態がさらに悪化して、次の世代の負担が重くなったり、福祉の財源が不足するなどの影響が出ると言われています。あなたは、今回の消費税の引き上げを、当然だと思いますか、やむを得ないと思いますか、それとも、納得できないと思いますか」
設問を一見して感じることは、前書きの長さである。しかも賛否両論のうち、賛成の立場しか紹介していない。もしその質問が、「今回の消費税の引き上げを、当然だと思いますか、やむを得ないと思いますか、それとも、納得できないと思いますか」だけだったら、どうだろう。結果は変わっていたに違いない。つまり読売新聞は「消費税の値上げもやむを得ない」という方向に、回答を誘導している。
そしてさらに問題なのは、その結果を「消費税上げ56%が容認」と第一面で報じることで、大方の国民が消費税の値上げを認めているらしいと多くの人に信じ込ませることだ。こうして新聞社に都合のよい主張が、あたかも国民世論のように吹聴され、多くの人々の意識に浸透していく。
かってヒトラーは「我が闘争」のなかで、「大衆の政治的意見もまた往々にしてまったく信じられないほど強じんで徹底的な加工を、心と理性に施した究極の結果であるに過ぎない」と述べているが、まさしくこうして世論が操作され、加工されていくわけだ。
著者の田村さんによると、世論操作で一番よく使われるのは、「やむを得ない」ということばだという。たとえば、読売新聞は2004年8月1日に掲載した年金制度に関する世論調査の結果もそうだ。
「年金などの社会保障制度を維持するために、『消費税の引き上げはやむを得ない』という意見については、『そう思う』が『どちらかといえば』を合わせて50%、『そうは思わない』が同じく48%だった」
権威のある大新聞に「やむを得ないか?」と聴かれると、「まあ、やむをえないか」と考えてしまうのが悲しいかな私たち大衆のメンタリティである。こうした大衆心理を利用すれば、世論の工作や誘導もできないことはない。田村さんはこう書いている。
<あたかも、「みんなで渡れば怖くない」と言わんばかりに、消費税に関する世論調査で、「やむを得ない」という曖昧な表現を用いて世論の誘導を図っているようである>
先日の朝日新聞の記事によると、世論調査の回収率に世代によって大きな格差があるという。回収率が高いのは中高年で、若い世代ほど新聞の世論調査に協力的ではない。
これと反対なのが、インターネットによる世論調査で、ここでは脇世代が主役になっている。しばしば新聞の調査と大きく違った結果が出ることがある。
私たちは世論調査にともなうさまざまな危うさに充分留意したほうがよい。大切なのは、大勢に流されない自分を確立するということだろう。そのために、世の中の通説を鵜呑みにしたり、マスコミや政府の権威を盲信せず、他人の頭を借りるのではなく、「自らの頭で考える」ということを大切にしたい。そのための知的な訓練を日頃から怠らないことである。
|