橋本裕の日記
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2006年09月04日(月) 「自己愛人間」増殖中

 最近、「自己愛の構造」(和田秀樹、講談社選書メチエ)という本を読んだ。副題は「他者を失った若者たち」となっている。現代人の心のありようを理解する上で、参考になる本だと思った。

 著者の和田さんはコフート派自己心理学の日本におけるパイオニアである。東大医学部を卒業したあとアメリカの医学校で専門的な精神分析の訓練を受けたすぐれた臨床医で、「わがまま老後のすすめ」」(ちくま新書)など、たくさんの著書がある。彼によると、最近はアメリカでも日本でも、他者を失い、自己のなかに閉じこもる人たちが増えてきているという。

 つまり<自己愛人間>が増殖している。彼らは、自分が幸せであれば、他人はどうでもよい。世界で何億人餓えて、毎日何万人餓死しようが、それは自分にはかかわりのないことだ。そんな話題はできることなら避けたいという心理傾向を強く持っている。こうした自己愛人間が増えてきた社会背景を、和田さんは次のように分析している。

<たとえば、アメリカでは国全体の富の4割以上が上位1パーセントの者で占められ、経営者の年収の平均は社員の200倍にもおよんでいる。各々が自立している以上、他人に遠慮する必要もなければ同情する必要もない。勝者は自分の力で手にした勝利であり、敗者が貧しいのは自己責任というわけだろう。富めるものが富める反面、能力がないと見なされた人間はリストラという名で整理の対象となる。能力がないのに給料をもらおうとしたり、会社に居残ろうとするのは、甘えた人間、依存的な人間、自立のできていない人間として断罪される>

<さて、このように自分の利益を求め、自分がしたいようにし、そして他者への同情がとぼしい状態は、一般的には自己愛的、あるいはナルシスティックと呼ばれる。アメリカでは1970年代にはクリストファー・ラッシュという社会学者が、このようなアメリカ社会の姿を「自己愛の文化」と呼んでいたのだ>

<つまり、現在多くの識者が求める日本人の心の改革というのは、依存した日本人を自立した日本人に変えることであると同時に、日本人を自己愛の文化にかえていこうというものなのだろう>

 自己愛人間はこの自己愛が傷つくことが堪えられず、意気消沈したり、攻撃的になる。ナチスドイツの台頭もこうした集団的自己愛が損傷をうけたためではないかという。

<集団自己は、個人の自己にも大きな影響をおよぼす。集団的自己が自己愛的にダメージを受けているならば、個人も自己愛的にダメージを受けているような主観的な体験をするものである>

 愛国心というのは一見、自己愛とは矛盾するようだが、これもまた民族的ナルシシズムという肥大化した自己愛の一種に違いない。そうした自己愛の時代に受け入れられるのは、ヒトラーのような典型的な自己愛型人間である。こうした自己愛リーダーの出現に用心するにこしたことはない。


橋本裕 |MAILHomePage

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