橋本裕の日記
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2002年12月16日(月) 結婚まで

30.チーズの匂い
 K子は正午を少し過ぎてからやってきた。チャイムの音に、おそるおそるマジック・アイから覗くと、おかっぱ頭のK子が胸の前に箱を抱えて微笑んでいた。いつもと少し印象が違って見えたのは、口紅をしているせいだろう。

「やあ、よく来たね」
「車の免許がとれたの。車も買ったの。試運転よ」
 薄地のセーターを透して胸の膨らみが露わになっていた。水色のキュロット・スカートがいつになくおしゃれに見えた。いつも素肌のままのK子が珍しく薄化粧をしていた。そのせいか、いくらか女の雰囲気が漂っていた。

 私が玄関口に立ったまま見つめていると、彼女は靴を脱いで、さっさと台所に上がって行った。箱から取りだしたピザが甘く匂った。
「お湯を湧かしてくれる。私、紅茶も持ってきたのよ」
 いつS子が姿を現すかも知れない。できればすぐにでもK子を外に連れ出したかったが、成り行きでピザを食べないわけには行かなかった。

 ところで、私はピザを食べたことがなかった。チーズの匂いに、手が止まった。
「ぼくは納豆とチーズが駄目なんだよ」
「どうして」
「この匂いがね」
 チーズは無理をすれば食べられない訳ではなかった。それで、少し囓ってみた。
「無理しなくてもいいのよ」
 K子が笑顔でとりなしてくれたので、私は食べかけの一切れを皿に戻した。

 紅茶を飲み終えると、腕時計を見た。K子が二切れ目を食べ終えて、
「何だか、へんね」
「どうして?」
「さっきから、時計ばかり気にしているのだもの。誰かと約束でもあるの」
「そんなことはないさ。どうだい、外へ出ないか。君の車でドライブでもしないか」
「いいわよ」
 K子の表情がぽっと花が咲いたように明るくなった。

<今日の一句> ほのぼのと 電気毛布で 春の夢  裕


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