橋本裕の日記
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2002年09月17日(火) 平和を創ろう

 昨日、長女の20歳の誕生祝いに、一家でディナーを食べに行った。食事を待ちながら、レストランにおいてあった「サンデー毎日9月15日号」を眺めていたら、辺見庸さんのコラム「反時代のパンセ」が目にとまった。

<15年戦争の最初の年である31年(昭和6年)の10月、米大リーグのゲーリック、グローヴら選手団32人が来日し、銀座を自動車でパレードしている。東京、大阪などで17試合も親善試合をやっている。

 お笑いとお色気を売り物にする浅草オペラ館と新宿ムーラン・ルージュが登場し、連日満員となったのはこの年。日本ダービーが始まり、NHKがこれを実況してわきかえったのは、満州国が建国され、犬養首相が殺された32年のことである>(メモと記憶で書いたので正確な引用ではない)

 辺見さんは国民がものも言えなかったほど暗かったという戦前の世相観が戦後に創られたものではなかったかという疑問を投げかけている。そして少なくとも30年代の初期において戦争を回避する運動の可能性はあったのではないかと述べている。私の主張とほぼ同じである。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という。しかし、みんなで渡った結果、ひどい目にあったのが、先の15年戦争であり、80年代のバブルではないだろうか。しかしこれは何も日本だけのことではない。アメリカでもベトナム戦争に反対票を投じた議員はたった2人だけだった。先のアフガン爆撃に反対票を投じたのはたった一人である。

 日本の社会には民主主義がない、個性が確立されていないと言われるが、付和雷同し、世論が一色にそまることはアメリカでも他の国でもまま見られることである。スイスなど1990年代になってようやくすべての州で婦人参政権が認められている。カントやハイデガーなどの哲学を産み、カントールやガウス、アインシュタインなどの第一級の知性を産んだ知的文化先進国のドイツでさえ、ある時期、国民はヒトラーに熱狂した。

 フランスは大革命の後、ロベスピエールの恐怖政治を生み、やがてナポレオンの独裁を生んだ。ロシア共産党の粛正や中国の文化大革命のことはいうまでもないだろう。日本の知識人は日本人は個性が確立していない、民主主義が根付いていないと慨嘆するが、世界を見回してみて日本だけが劣っているわけではないようだ。

 むしろ日本くらい自由で民主的な国は珍しいのかもしれないのだ。民主主義が根付いておらず、個人主義が確立されていないのは、どこも同じだとすると、私たちももうそろそろこうした劣等意識から自由になってはどうだろう。できることなら、世界に民主主義と個人主義のお手本を示してみせるくらいの気概が持ちたいものだ。

 カントは「平和は創るものだ」と書いている。国の平和は一人一人の国民が自ら創るものだ。政治家や指導者に任せておけばよいというものではない。これからの時代、戦争の責任は私たち国民の一人一人が等しく負うのだという自覚と気概をもつことが必要だろう。

 さて、先週の土曜日に発表されたニューズウィーク誌の世論調査によれば、ブッシュ大統領は対イラク計画に関する最近のスピーチで、支持率を8月下旬の61%から70%へと上昇させた。アメリカの世論の暴走が心配である。

 アメリカを訪れた小泉首相は、日本のイラク攻撃の戦争協力について、「国民が反対しているので、協力は難しい」と伝えたという。一見民主的だが、一国の首相がこうした信念のないことでよいのだろうか。ブッシュが「私の国の国民は攻撃を支持している」と答えたかどうかは明らかでない。

(先日来、一週間にわたって掲示板で続けられた論争を、「何でも研究室」のコーナに「一般国民の戦争責任」と題して載せました。いつものように口火を切ってくれた北さんをはじめ、誠意あふれるご意見を寄せられた方々に感謝します。まとめて読みたい方はどうぞご覧下さい)

<今日の一句> たそがれは 淋しからずや 虫の声  裕


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