橋本裕の日記
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2002年07月08日(月) 結婚まで(7)

7,危ない女
 翌朝、私は6時頃目を覚ました。セミダブルのベッドに、S子が一緒に寝ていた。裸のまま、顔をこちらに向けて寝ていた。夢でも見ているのか、苦しそうな寝顔だった。S子はとりたてて美人ではない。それでも、ときおり可愛いなと思うときがあった。しかし、最近はS子は滅多に笑わない女になっていた。そして多くの場合、思い詰めたような、悲しい顔をしていた。

 たぶん、責任は私にあるのだろう。私はS子にほとんど恋心を感じたことがなかった。正月にS子から「会いたい」と書かれた年賀状をもらった私は、彼女を電話で名古屋駅前に呼びだして、その日のうちにラブホテルに連れていった。

 別に強引に迫ったわけではない。体を合わせて、最後の姿勢に入ったとき、彼女は「私、どうにかなる。私が私でなくなるわ。あなた、それでもいいの」と訊いてきた。このときの彼女の真剣な表情に、私は思わず腰が引けそうになった。私の行為が、私が予想していた以上の深刻な事態をもたらすかもしれないと、ふと思ったからだ。

 それでも、私はかまわず進んだ。彼女の顔の表情が変わり、それまでの控えめでおしとやかな女が姿を消して、まったく印象の違う女になっていたが、私はそれが女だというものだと思った。そして、私自身、人格が変わったように、彼女の中に溺れて行った。

 初めての行為が終わって、私はやがて平常な自分に戻ったが、S子はその後、以前の彼女ではなくなった。彼女とはすでに読書会で2年ほど会っており、その仲間で宿泊を伴う旅行もしている。そのときの内気な印象とはまるで違った、どこまでも命がけで追いすがってくるといった、衝動的で危ない女になっていた。

 一晩で、彼女がここまで変わるのは私には誤算だった。29歳の彼女は恋愛体験もあり、異性との行為も初めてでないと聞いて、そのうえで私は彼女をホテルに誘ったのだが、これではまるでうぶな処女とかわらなかった。どうやら女性体験に乏しかった私はとんでもない厄介な女性と関わり合いになってしまったようだ。S子の寝顔を見ながら、私は憂鬱な気分に捉えられていた。にも拘わらず、私の下半身はすでに彼女の白い肩や胸のふくらみに反応していた。

 もちろん、私はその誘惑を押し殺して、ベッドから抜け出した。そして、衣服を着ると、キッチンへ行き、朝食の用意をした。二人分のコーヒーとトーストと目玉焼きが二十分ほどで出来上がった。

 食事を告げに寝室へ行くと、S子はまだ目を閉じていた。声を掛けると、目を開けたが、物憂そうな表情で、
「もう少し寝ていては駄目かしら。睡眠薬がまだ切れていないみたい」
「僕は7時にでかけたいんだ。それまでに、支度をしてくれないか」
 S子は一日、私と一緒にいるつもりだったのだろう。怪訝そうに見た。
「日曜日に学校があるの」
「いいや、大学で市ノ瀬さんと会う約束なんだ」

 約束はしてなかった。S子から自由になりたいばかりに、私はそんな嘘をついたのだった。
 S子は押し黙ったまま、蒼白い顔でベッドから抜け出した。私はベッドの下に落ちていた下着を取りあげると、彼女に渡した。そして、彼女の視線をはぐらかすと、あわててキッチンへ行った。

<今日の一句> 七夕も 何やらわびし ひとり酒  裕


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