橋本裕の日記
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先週に続き、自伝第5部「結婚まで」(4)を書こう。前回までの分までをあわせてご覧になりたい方は、このページの上の表示をクリックしてください。今回の分と合わせて載せてあります。
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4.通勤のたのしみ 勤務先の加茂ケ丘高校へは電車とバスを乗り継いで、片道2時間以上かかった。だから、朝の6時前にはアパートを出なければならない。さいわい、私は朝には強い方だったので、早起きは苦にならなかった。5時頃起きだして、トーストとコーヒーの朝食を食べ、時には洗濯をすませた。
西春駅まで歩いて十数分。朝の6時でもプラットホームは通勤客であふれていた。電車も満員で、座席に坐ることはできない。電車が揺れる度に、周囲の乗客が私に胸や背中を押しつけてくる。若い女性と肩や背中が触れ合うこともあったりして、妙な気分になった。
夏が近づいてきて、女性が薄着になると、私の裸の腕に相手の体温まで感じられるときがあって、おもわずエキサイトした。こうした状況で痴漢行為が行われない方が不思議なくらいである。私自身、何気なく近くの女性の指に手を触れたことがあった。指先が触れ合ったとき、女性は怪訝な表情で私を見た。私はあわてて指を離したが、今考えると、これは立派な痴漢行為である。
名古屋で大半の乗客が降りるので、知立までは座ることができた。知立で豊田線に乗り換えて、豊田で降りる。そこで社会科の新任教員の古川さんと一緒になった。古川さんは相変わらず黒のダブルに、サングラスである。ちょっと見にはとても新任教員には見えない。というか、堅気のサラリーマンには見えないのである。
そこから30分ほどバスに揺られる訳だが、これも生徒で満員である。私と古川さんはいつも一番後部の座席に座った。そこが指定席になっていて、生徒もあけておいてくれた。吊革に手を伸ばしている女生徒たちの横顔を眺めながら、二人で雑談しているうちに、バスは町中を抜けて、山村の田舎道に入る。停留所ごとにさらに生徒を乗せて走るので、ますます混んでくる。バスは2時間に1本しか走っていないので、乗り遅れると大変だ。
帰りは古川さんと知立まで一緒だった。豊田駅前の喫茶店に入って飯を食べたこともあったが、古川さんは豊橋の実家から通勤していたので、食事をとる必要はない。私だけ食べるのも気が引けるので、たいていは知立の駅のプラットホームでたこ焼きを買って、ベンチで食べることになった。話すことはお互いの身の上話や、社会情勢、政治や軍事の話である。古川さんは社会科の先生なので、社会情勢に明るく、話題はつきなかった。
知立の駅で古川さんと別れた後、私は名古屋まできて、駅の地下の食堂で夕食を食べた。サラリーマンが出入りするような安食堂で、そこでみそ汁と焼き魚つきの定食を食べ、時にはビールを少し飲む。そうして、再び電車に乗って帰ってくると、帰宅時間はすでに9時を過ぎている。あくる朝が早いので、あとは風呂に入って寝るだけである。
もちろんこうした日常が破られることもある。そのころ私は二人の女性とつきあっていた。一人は23歳のK子で、保母をしている彼女とは一応結婚を前提で交際していた。ある日、名古屋駅の改札口を出たところで、白いワンピースの小柄な女性に「橋本さん」と呼び止められた。
振り向くと、そこに花束を持ったK子が立っていた。「お誕生日、おめでとうございます」そう言って、K子はにこりと笑うと私に花束を差し出した。そう言われるまで、私は自分の誕生日をすっかり忘れていた。それにしても、いつ着くか分からない改札口で、K子はよく待っていたものである。
これには驚いた。そして、K子から渡された花束と、彼女の愛嬌のある笑顔を眺めながら、これはちょっと困ったことになったと思った。私はあるよんどころのない理由で、すでにK子と別れる決心を固めていた。そして、彼女にいつ別れ話を切り出そうか、まよっていたところだった。花束をもらった日にそんな話ができるわけはなく、私はそのあとK子と喫茶店で軽くお茶を飲んで、すこし素っ気なく彼女を帰した。
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