橋本裕の日記
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2002年05月19日(日) ガリレオと望遠鏡

 ガリレオと言えば望遠鏡である。彼は望遠鏡を使って、月のクレーターや土星の輪、金星や火星が満ち欠けすること、天の川が無数の恒星の集合であることなどを発見した。

 もっとも望遠鏡そのものは彼の発明ではない。オランダの眼鏡職人が、筒の中に二つのレンズを並べたところ、遠くにある教会の尖塔がすぐ近くに見えたという。こういう不思議な筒眼鏡の噂が1509年頃、パドヴァ大学で数学教授をしていたガリレオの耳に届いた。

 ガリレオはすぐにその筒眼鏡の原理を理解した。そして、はるかに性能のよい筒眼鏡を製作して、売り出すことを考える。そして次の日にはもう装置を作りだした。2週間ほどかけて、3倍率の筒眼鏡が出来上がり、数ヶ月もすると、32倍倍率の筒眼鏡が完成した。ガリレオはこの高性能の筒眼鏡を望遠鏡(テレスコープ)と呼ぶことにした。

 ガリレオの発明した望遠鏡は大評判になった。これは航海や軍事でもたしかに役にたつ実用的な発明である。総督たちは競ってこれを手に入れようとした。たとえばヴェネチアの総督は、これを手に入れた見返りに、ガリレオの給与を倍増し、報奨として一時金を払った上に、終生数学教授の地位を保証するようにパドヴァ大学に命令を下した。

 やがて、ガリレオは望遠鏡を天体に向ける。そうすると、木星に惑星が見つかった。これは太陽と地球の縮図ではないか。金星が満ち欠けしているのは、金星が太陽の回りを回転している証拠である。それだけではない、太陽に黒点があるではないか。しかも、黒点は位置をかえる。太陽も自転しているらしい。

 ガリレオはこうした観測をもとに、1610年に「星界の報告」という本を書いた。ラテン語でかかれたこの本は、やがてヨーロッパ中にセンセーションを巻き起こした。しかし、46歳のガリレオに思わぬ地位と名声をもたらしたこの成功は、アリストテレス派の聖職者たちの危機感を呼び覚ますことになった。6年後、ローマ法王庁は彼らの意見を容れて、コペルニクスの学説を禁止する布告を出す。以後ガリレオは公に地動説を支持することができなくなった。

<今日の一句> 日傘持つ 女がひとり 振り返る  裕


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