橋本裕の日記
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2002年05月18日(土) ガリレオと相対性原理(2)

 地球が動いているとしたら、なぜ私たちはその「運動」を感じることができないのか。そのことを、ガリレオは「天文対話」の中で、船に乗った人の体験を例にして、わかりやすく説明している。

「大きな船のデッキ下の船室に閉じこもってみて下さい。水の入ったビンを吊るし、水が一滴ずつ落ちるようにしておきます。こうしておいて、船をお好みの早さで走らせます。ただし、動き方は一様で、あちこちに揺れ動くことのないようにします。

 このような状態でもやはり、水滴はまっすぐ下に落ちます。友だちに何か物を投げようとする場合、距離が同じであれば、どの方向に投げるのに要する力も同じです。両足を揃えて跳ぶと、方向に関係なく飛べる幅は同じです。

 船が一様な運動をしている限り、船室内の様子は変わりません。つまるところ私たちは、船が動いているか止まっているかさえ、見極めることができないのです」

 船室にもし窓があれば、人は窓の外の景色が移動するのを見て、船が動いていることを知るだろう。まさか、動いているのは、船ではなく、船以外の全世界だと考える人がいるとは思えない。地球上に住んでいる私たちはこの船室の人と同じである。違うのは、動いているのは地球ではなく、地球以外のすべての天体だと考えていることだ。

 ガリレオは船室にいる人が、どんな実験をしても、自分たちが静止しているか、運動しているかを判定することは出来ないという。なぜなら、「一様な運動状態にある世界では、物理法則はまったく同様に成り立つ」からだ。

 一様な運動というのは、もう少し正確に言えば「等速直線運動」ということだ。ガリレオは物体は外部から力を受けない限り、物体は一様な運動を続けると考えた。逆に言えば、物体は一様な運動を続ける限り、外部から余計な力を受けるわけはない。そして、地球の運動は、近似的にこの一様な運動と見なされるので、その地上に住む私たちも、余計な力の支配を受けないですむのである。

 運動が「相対的」であるということは、地球と他の天体との間にも言えることである。しかし、宇宙を回転させることとは容易ではない。いったいどうして、そんな大それた力を地球は生み出すことができるのだろうか。ガリレオは「天文対話」のなかで、地動説を主張するサルヴィアティにこう語らせている。

「もし、地球の運動を認めれば、私たちはこのような困難に出会うことはありません。地球は宇宙に比較すれば小さな、とるに足らない存在であり、宇宙に対して威力を行使することは不可能です」

 ガリレオを受け継いだニュートンは、「一様な運動状態にある世界では、物理法則はまったく同様に成り立つ」というガリレオの発見した原理を、「運動の第一法則」に位置づけた。そしてこの原理を力学だけではなく、光の現象にまであてはめたのが、アインシュタインである。だから、アインシュタインは20世紀のガリレオであり、ガリレオが発想した偉大な仕事の後継者である。

<今日の一句> 受話器とる 音のかなたも 夜の雨  裕


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