橋本裕の日記
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2002年05月16日(木) 影の薄い日本の父親

 私たちの世代もふくめ、最近の子供たちはあまり父親の仕事場を見ることはないのだろう。とくに父親がサラリーマンの場合、まず父親が仕事をしている姿を見る機会はないにちがいない。

 見るのは、家庭でテレビを見て、グラス片手にだらしなくくつろいでいる姿や、わがままを言って、家人にあたりちらしたり、自室に引きこもっていると思ったら、なにやらいかがわしいエロビデオをこっそり見ていたり・・・、とにかく、子供の目にうつる父親の姿は、あまり芳しいものではない。すくなくとも、我が家の場合はそんなところである。

 これにたいして、母親はもう少しまともである。育児、調理、洗濯、掃除など、その働いている様子が、子供の目にうつり、父親とは随分違った状態で記憶に刻みつけられる。だから幼い子供たちも母親はいくらか尊敬するが、父親はまあ、どうしょうもない怠け者の居候くらいにしか思わない。

 もちろんこうした認識は、成人し、自らが職場で働くようになると、いくぶん訂正される。家でグラス片手に、くだらない冗談を飛ばして、家人に軽蔑されていた父親が、会社でどんな思いをしていたか、世の中に出てお金を稼ぐということの重みや、一家を支えるということの精神的苦労が、いくらかわかるからだ。

 しかし、それでも、最終的に子供は母親を選ぶだろう。「三つ子の魂百まで」という諺があるが、幼い頃こころに刷り込まれた観念は強力である。やはり身近な存在だった母親に対する尊敬や親しみは、終生かわることなく、父親を凌駕するのではないだろうか。

 そこで、子供に慕われようと思ったら、父親はやはり家庭でも子供たちの身近な存在である必要がある。そして、家事にも積極的に参加して、存在感をアピールしなければならない。もちろん、こんなことは、私にはできそうもないので、私は妻と張り合うことは、もうとっくにあきらめている。

<今日の一句> 青草に 風のさやけさ 夏来たる  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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