橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
女遊びに余念のなかったガリレオが、1599年、友人の家で催されたパーティで一人の魅力的な女性に出会う。名前はマリナ・ガンバ。美人だが、蔭では「衣服をすぐに脱ぎ捨てる女」と言われていたらしい。35歳のガリレオは21歳のこの小娘に一目惚れしてしまった。
マリナは裏通りに住む身分の低い生まれで、読み書きもできなかった。一方のガリレオは名家の生まれで、大学教授である。この頃すでに父は死んでいたが、母親が健在だった。もちろん母親はこのいかがわしい女に敵意をあらわにする。身分違いの女との結婚を許すはずがない。
ガリレオは彼女を自分の家のすぐ近くに住まわせた。事実上の同棲生活であり、実際に、ガリレオとこの内縁の妻マリナの間に3人の子供が産まれている。二人の娘と、一人の息子だ。ガリレオはこの三人を自分の子供と認めたが、法律上は私生児あつかいだった。二人の娘は修道院に送られ、そこで生涯を終えている。
ところで、マリナとガリレオの母親の関係に話を戻そう。母親は大切な息子を手放したくはなかった。かなり支配欲が強い女だったようだ。自分が世界の中心でなければ気が済まないのだ。しかし、マリナもこの点では負けてはいない。二人はガリレオを前にしてののしりあい、金切り声を張り上げた。そして、最後には髪の毛の引っ張り合いが始まったという。
結局、10年後の1609年にガリレオはマリナと分かれる決心をする。この年、ガリレオはアンナと母親を残したまま荷物をまとめ、二人の娘と息子を連れて、大学町パドヴァをあとにした。行き先は花の都フィレンツェ。そこでかって家庭教師をしたことがあるトスカーナ大公(コジモ・デ・メディチ)に仕えることになった。
ガリレオが去って、一年もたたないうちに、マリナはガリレオからせしめたにちがいない持参金を携えて別の男と再婚した。この結婚はマリナにとって幸せなものだったらしい。一方、マリナや母親から解放されたガリレオも幸福だった。この頃から、ガリレオの自然研究の速度が急ピッチであがって行った。
<今日の一句> ガリレオに 星を想ひて イチゴ食う 裕
|