橋本裕の日記
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2002年03月21日(木) 受験体制と安楽な精神主義

 昨日の朝日新聞の「私の視点」に法政大学教授の川成洋さんが、「昨今の大学生の学力低下はすさまじい」と書いている。川成さんによると、現在、国立大学の6割がリメディアルと称する高校指導内容の補習教育を実施しているのだという。

 どうしてこうした状況が生まれたのか、川成さんは「ゆとりの教育」が原因だという。そして、大学入試の形骸化がこれに拍車をかけている。たとえば、私大の場合は学力検査をいっさい行わない推薦入試やAO入試で、定員の6割も入学させている。

「おためごかし的な入試を一切やめて、学力テスト一本に絞るべきである。それも、入試科目を5教科に増やして、高校卒業の基礎学力を持たない学生は入試段階でチェックすべきである」

 私も大学生の学力崩壊や「大学のレジャーランド化」を憂える点で、川成さんとかわらない。ただその処方箋については、大学入試を学力試験に一本化し、受験科目数を増やすという、受験体制強化を目差す川成案には賛成できない。これは一つの対症療法にはなろうが、根本的な解決にはならないと考えるからである。

 その理由については、これまでこの日記に繰り返し書いてきた。「何でも研究室」の「数学World」には、それらがまとめて再録してある。そこに詳述してあることを一言にまとめるのは難しいが、要するにほんとうの学力は「思考力を鍛える」ことによって得られるということである。

 この観点から考えて、私は大学入試に学力検査は必要ないと考える。5教科はおろか、1教科も必要ではないと思っている。そのかわり、国語と数学について、大学入学のための資格試験を実施する。これに合格すれば、すくなくとも学力的にはよしとするのである。

 大学生の学力崩壊は受験体制を強化しても無理である。ますます勉強嫌いを大量生産し、姑息な計算ばかり達者で、自ら主体的に考えることの苦手な、「安楽な精神主義者」を大量生産するだけである。受験のための勉強から生まれるのはこうした怠惰な精神であり、それが今日本を覆っている。学生ばかりではなく、学生の学力低下を嘆く教授たちさえ、その例外ではない。

 しかし、生徒たちを受験のための勉強から解放することで、問題は解決するだろうか。受験体制をゆるめれば、多くの人はその先に「さらなる学力崩壊」を予想するのだろうが、私はこの点でかなり楽観している。

 それはほとんど受験勉強のない他の先進国の状況をみればあきらかだからだ。日本の大学生の知的レベルが低いことの本当の理由は、実は大学自身のあり方に根本的な原因がある。しかし、受験体制の勝者によつて今の大学が支配されている現状では、大学の改革もむつかしい。

 彼らをはじめ日本の教育界の指導者たちの多くは、自分の成功体験を唯一無二のものと考える「安楽な独善主義」に汚染されている。彼らに欠如しているのは、事柄の本質をつきつめて考える力、つまり私が「ほんとうの学力」と呼ぶところの「思考力」に他ならない。


橋本裕 |MAILHomePage

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