橋本裕の日記
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2002年03月14日(木) 川の流れのように

 私は川が好きで、昔からよく川のほとりを歩いた。福井にいた頃は、足羽川が私の散歩コースだったし、金沢に住んでいた頃は、犀川や浅野川を歩いた。名古屋では山崎川の近くに住んでいた。

 そして現在は木曽川のほとりに住んでいる。先月号のHPの表紙は私の家から10分ほど歩いた木曽川の景色である。向こう岸は岐阜県で、岐阜城のそびえる金華山が見える。伊吹山や御嶽山もみえて、すこぶる気分が爽快になる。

 ただ、気になるのは、木曽川にあまり生き物の姿が見えないことだ。川だけではなく、途中の田圃や小川にもそれらしい姿が少ない。今の子どもたちはこれが当たり前の景色なのだろうが、ドジョウやメダカ、カエル、トカゲ、亀やザリガニがわんさわんさといひしめいていた小川や田圃を知っている私たちの世代には淋しいことだ。

 農薬や除草剤、有機洗剤を大量につかうようになったことや、護岸工事で生態系が破壊されたことが大きいのだろう。おかげで農業生産性は飛躍的に向上したが、ほんとうにこれで大丈夫なのだろうかという不安を拭いきれない。

 木曽川に比べて、長良川はまだ生き物が豊かな印象を受けた。最近は知らないが、10年ほど前に家族で水浴びに行ったときには、水も澄んでいて、生き物も活発に活動していた。美しい清流は微生物をはじめたくさんの生物が棲み続けることで保たれる。生き物と川が共生することで、ほんとうにゆたかな清らかさが生まれるのである。

 こんなことを考えているうちに、私たちの体内を流れる川の存在に思い至った。人間の体内を流れる血液はたくさんの支流を持つ大河の流れと似ている。このかけがいのない流れを、これ以上薬物などで汚染させてはいけない。この体内の川が清らかであるということが、すなわち私たちが健康であるということだからだ。

 そしてそのために大切なことは、私たちの外にある自然をもういちど美しく甦らせることだろう。土壌や空気、水の汚染が、私たちの内部の川を汚染している。目先だけの生産性や効率を優先する文明のあり方を、根本的に変えていく必要がある。水俣病やイタイイタイ病の悲劇は終わってはいない。それは姿を変えて、しずかに今地球の生命を蝕みつつある。


橋本裕 |MAILHomePage

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