橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
20世紀後半になって、フロンガスなどの人工的に作られた化学物質によって、大気圏が急速に汚染され、オゾン層の破壊が進んだ。オゾン層が希薄になると、強力な紫外線が地上にふりそそいでくる。そうすると、皮膚癌や白内障が増加し、免疫力が急速に低下する。
被害は人間だけではなく、あらゆる生物に及ぶ。稲や大豆はまっさきに影響を受けるし、海中のプランクトンも大量死する。そうすると、これを餌にしている海の生き物も激減するだろう。人類にも食糧危機が襲いかかり、種の滅亡も考えられないことではない。
前世紀後半になって、こうした恐るべきシナリオが科学者によって明らかにされたため、オゾン層の破壊から地球を守ろうという国際環境会議が開かれ、ウイーン条約やモントリオール議定書が結ばれ、交際協調が実現した。この結果フロンガスの使用や製造は規制された。現在もオゾン層の破壊は進んでいるから楽観はできないが、人類は何とか危ういところで破滅を免れることができそうである。
以上はよく知られたオゾン層バリア崩壊の話だが、私たちはこの他にもさまざまなバリアによって生命や安全を守られている。国や社会、家庭も私たちが安全に生きていく上で必要な社会的バリアだといえる。知識や言語、法や道徳といった精神的バリアもある。こうしたものによって私たちは幾重にも守られて存在している。
今日はもうひとつ、私たちのごく身近にあって、私たちの健康を守ってくれている共生菌バリアについて書いてみよう。オゾン層バリアの崩壊に続いて、共生菌バリアの崩壊が、いま人類をもう一つの危機に導こうとしているからだ。
人間の皮膚にはブドウ球菌など雑多な細菌が何十兆と棲みついている。もしこの共生菌が失われたら、皮膚はバリアーを失って、外部からの病原体にさらされる。
皮膚はそこで「顆粒菌」という防衛担当の細胞を繰り出して、病原菌の排除にとりかかる。そのとき排出される「活性酸素」が病原体もろとも皮膚の細胞を破壊し、皮膚を化膿させることになる。さらに、ダニなどの抗体が体内に入りやすくなって、アトピー性皮膚炎を生じるようになる。
共生菌は皮膚以外にも棲んでいる。たとえばヒトの腸には乳酸菌や大腸菌など約100種類の細菌が100兆個ほど棲みついている。これらの細菌が食物の消化を助けたり、ビタミンを合成したりしている。さらには外部からの細菌感染にたいしてこれを予防する。
ところが抗生物質や消毒剤が乱用され、清潔志向がすすんで、抗菌グッズのような商品が出回るようになった。共生菌の生活環境が悪化し、バリアが消失しようとしている。そしてその結果、私たちはアトピー性皮膚炎や花粉症といった厄介な病気を次々と背負い込むことになった。
東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授は現代の過度な清潔志向に警鐘を鳴らして、「ヒトは無菌の国では生きられない。寄生虫、細菌、ウイルスを含めた、すべての生物と共生することで、本当の健康は得られるのではないだろうか」(共生の意味論)と書いている。
作家の五木寛之さんは頭や手を洗わないそうである。石鹸や消毒液のない生活はさぞかし不潔で健康上問題があると思うかもしれないが、彼は健康そのもので、いままでに医者にかかったことがないという。健康の秘訣は、あまり清潔志向に走らずに、いろいろな黴菌と仲良く共生することらしい。
オゾン層の破壊については、私たちは随分認識が進み、国際協調も進んでいるが、もっと身近な皮膚や粘膜の共生菌バリアの消失については、その恐るべき弊害について、ほとんど無知なのではないだろうか。化学物質や薬物の規制についても、国際的取り組みが必要なときではないかと思う。
|