橋本裕の日記
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2002年03月07日(木) リバイアサンの戦い

 ホッブスは人間相互の争いをなくすために、強大な権力の必要性をといた。そしてこの強大な力を持つ国家を聖書に出てくる怪獣リバイアサンにたとえた。 ところで「ヨハネの黙示録」によると、このリバイアサンたちは常に戦いをしていて、最後に一匹が残る。そして最後にのこった一匹も最後は解体して滅んでしまう。

 ヨハネの黙示録がかかれた時代はローマ帝国の全盛期だった。だから聖書はローマ帝国の滅亡を予言していたといわれたりするが、考えてみればこの世に栄枯盛衰はつきものである。永遠につづく権力など存在しない。この予言はあたって当然なのである。

 それはともかく、「万人の万人にたいする戦い」を終息させるために創られた権力が、そうして創られた権力どうして、こんどは食うか食われるかの戦いを始める。何のことはない、「人間と人間の戦い」が「国と国との戦い」にバージョンアップをしただけだ。

 国どうしの戦いは人間どうしの個人的な争いとは比べものにならないほど悲惨である。このリバイアサンたちの間に平和と秩序をもたらすことができるのだろうか。ホッブス流に考えれば、ここでも強力な権力が必要だということになるだろう。つまりローマ帝国のような、特別に獰猛で強いリバイアサンがあらわれて、他のリバイアサンを征服・支配するのである。

 もっともそうして勝ち残ったリバイアサンにも寿命がある。ローマ帝国がゲルマン民族によって滅ぼされたように、やがて新しいリバイアサンが台頭して、これが覇権を奪おうとする。

 こういう弱肉強食のリバイアサンの時代を、人類はもう何千年も経験してきた。つい最近まで、世界には巨大な二匹のリバイアサンの王が対峙していて、ボタン一つで世界が滅びる恐怖が私たちを覆っていた。

 一方のリバイアサンが倒れて、核戦争による地球滅亡の確立は少なくなったとはいえ、油断はできない。ポップス流の覇権主義が国の内部や、国際政治の世界で幅を利かせている間は、私たちは常にこの恐怖と不安の中に身を置いているしかない。

 それでは私たちはどうしたらよいのか。身近なところから権力の民主化をすすめることである。さらに、この民主的な思想を国際政治の舞台に持ち込むことである。そうした中で、国と国の垣根が低くなり、文化の交流や相互理解が進んで、本当の意味でのグローバリゼーションが達成されるだろう。リバイアサンが生まれる土壌がある限り、今後も無数のリバイアサンが登場し、人類の悲惨は永遠になくならない。


橋本裕 |MAILHomePage

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