橋本裕の日記
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このところ、新規採用の先生の数が減っていて、先生の高齢化が進んでいる。少子化にともなって、教師の数があまってきた。そこで、県教委が教員の採用を控えてきたせいだ。昔は教育学部を卒業すれば教員になれたが、今は大半がなれない。そのあおりを受けて、教育学科系の偏差値がずいぶん下がってきているらしい。
丹羽健夫さんの「悪問だらけの大学入試」から具体的な数字を拾ってみよう。もとの資料は文部省が3年ごとに出している「学校教員統計調査報告書」である。全教員の中に占める40歳未満の教員のパーセンテージを示しておく。なお、平成13年度の数字は、丹羽さんの予測である。
平成4年度 / 平成7年度 / 平成10年度 / 平成13年度 小学校/ 56.8 / 50.2 / 41.5 / 約25 中学校/ 59.6 / 56.8 / 51.7 / 約25 高校/ 47.4 / 44.6 / 41.5 / 約25
平成13年度の25パーセントという予測は、どのくらい当たっているか、やがて統計が出るのであきらかになるだろう。しかし、40歳未満の教師が1/4しかいないというのは実に驚くべき数字である。統計によれば20代の教員はいずれも10パーセント未満になっている。
「このことは学校が急速にエネルギーを失い、児童、生徒にとって魅力の乏しい場所になり、学校離れを急速に助長する結果を招きはしないだろうか」と丹羽さんは書いている。現にそのような状況が生じていることを、私は学校現場に身を置きながら痛感しないわけにはいかない。40歳を境にして、私自身急速に体力や精神力の老化を実感している。要するに、無理が利かなくなった。
同様なことは予備校の講師にも言えるらしく、丹羽さんも「予備校にいて辛いのは何が一番かと言われると、講師の授業での人気が年齢とともに落ちていくのを見ることである。・・・40歳の声を聞く頃から、授業満足度のアンケートの数字が微妙に翳りをみせはじめるのだ」と書いている。
理由として丹羽さんは、「生徒との年齢差から生じる感性や文化のギャップの拡大と体力の減衰ではないだろうか。子供たちと付き合うには大変なエネルギーが要求されるのだ」と書いているが、その通りではないかと思う。私たち教師というのは、ある意味でかなり過酷な職業である。
私の大学院の先輩に、かって河合塾で数学の講師をしていた人がいた。私が教員になった頃、河合塾のパンフレットを見ると、彼が顔写真入りで大きく紹介されていた。彼はその頃看板講師の一人だった訳だ。それが10年も立たないうちに、文字だけの紹介になった。年齢とともに活力が衰えて、急速に人気を失って行ったのだろう。彼自身やがて限界を感じて塾を辞め、田舎に帰った。
私自身の高校時代の経験を書こう。1年生から3年の途中まで担任をしていただいた国語科のS先生は60歳に近い年齢だった。S先生が突然脳溢血で倒れられ、その後任として大学を卒業したばかりだという若いA先生が教壇に立たれることになった。そのとき私は国語の時間がまるで違ったものに感じられたものだ。
それまでのS先生の、脳味噌が腐りそうな退屈な授業と違って、若くて快活なユーモアの溢れた授業は、ほんとうに何から何まで新しくて楽しかった。私の若い頭脳をいきいきと知的に活性化させてくれたものである。私が55歳くらいで教師を辞めたいと考えるのも、ひとつには自分の若いときの体験がある。できることなら、なるべく早く、若くて生きのよい後進の先生に道を譲りたいものだと思う。
(ここに書いたことはあくまで一般論である。50歳代でもあふれるばかりの活力と人気を誇っている先生はいる。ベテランにはベテランの味もある。だだあまりにバランスを欠いた年齢構成はよろしくないということだ。また、教師の高齢化を防止するために必要なのは、まず第一に教員の定員を増やして、少人数クラスを実現することだ。このことは声を大にして主張したいと思う)
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