橋本裕の日記
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2002年02月03日(日) イメージの力

 単なる理屈や概念では人は動かない。なぜなら人間は感情の動物だからだ。理屈や概念は頭(マインド)の産物である。これにたいして、感情や感性は心(ハート)の領域だ。文学作品を読んでいて感動するのは、心が動かされるからだ。

 しかし、論理と感情はまったく別物ではない。論理は感情によって支えられ、感情は論理によって支えられている。そしてこの両者はただ支え合うだけではなく、統合されてひとつの共同作品を作りだす。私はそれが「イメージ」だと思っている。

 たとえていえば、イメージは円錐である。円錐は横から見れば三角、上から見れば丸にみえる。論理を△とすると、感情は○、そしてこの両者を立体的に統一したものがイメージだと言える。このように、イメージの中には論理と感情、理性と感性の両方が含まれていて統一されている。

 ものがわかるというのは、このイメージがはっきりするということだ。絵が描けるかどうか、それを立体的に心の中で対象物として捉えることが出来るかどうか、そうして頭と心の両方で納得しなければ、ほんとうにわかったことにはならない。

 学習において大切なことは、単なる知識の断片を覚えることではなく、それを一つの世界として構成することだ。その世界をただ知識や概念として捉えるのではなく、生きたイメージとして心に描けるかどうか、このことが学習の成否にとってもっとも大切なことなのである。

 たとえば、「原子」について考えてみよう。原子は原子核と電子によって構成されていると中学校の教科書に書いてある。原子の種類によって電子の数は決まっており、それが原子の化学的性質を決めている。こうしたこまごまとしたことをすでに小学校や中学校で私たちは学習する訳だ。

 ところが、先日の日記でも引用したが、教育科学省の調査によると、日本人で「電子は原子よりも小さい」という問題に○とこたえた人は30パーセントしかいなかった。「原子核の回りを電子が回っている」という「原子のイメージ」を持っていれば、この質問に答えることは簡単だろう。

 調査結果から言えることは、日本人は科学知識をイメージとして捉えることができていないということだ。ただ断片的な知識を羅列するだけでは、それは本当の生きた知識とは言えない。そうした知識は数年もすればきれいに忘れ去られるだろう。これに対して、自ら考えて関連づけ、イメージにまで統合された知識は、心の中に生き続け、いつでも実践的な知識として活用できる。


橋本裕 |MAILHomePage

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