橋本裕の日記
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パリの酒場で、高名な画家(たしかピカソ)を見かけた男が、ペンと紙を差し出して、ここに何でもよいから描いてくれと頼んだ。画家はペンを走らせ、数秒で作品を書き上げ、そして男にとても高額の謝礼を要求した。
男が驚いて、数秒でこんなに稼ぐのは法外だと口にしたところ、その画家は涼しい顔で、「私がこの線を描けるようになるまでに、30年間の修行があった」と語ったという。なにかの本に紹介されていたエピソードである。
これもある本で読んだことだが、サーカスの名人が「どんな芸が一番難しいか」と訊かれて、「観客に難しそうに見える芸はほんとうはそう難しくない。なんでもない、やさしそうにみえる芸が、実は一番むつかしいのです」と答えたそうである。
こうした画家の言葉や、サーカスの名人の言葉は、文章を書くことについても当てはまるのかも知れない。私たちが100万言を要するところを、文章の達人はほんの数行の、何でもない素朴な言葉で片づけてしまう。しかし、この簡潔さを身につけるまでには、厳しく長い修行の日々があったのだろう。
こんなことを書いたのは、藤本義一さんが、「井原西鶴」の中で、簡潔に書くことの魅力を具体例を上げて説いているのに出会ったからだ。たとえば、「私が妻と結婚して30年の歳月が経った。私は妻に感謝したい」という文章があったとする。
藤本さんによると、この文章は日本語としてあまりいい文章ではないらしい。名人の目からすれば「かなりの悪文」ということになるそうだ。それでは、どうしたら、この文章が名文として甦るのか。明日の日記で、この藤本流文章蘇生術を紹介しよう。
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