昼、神楽坂のキイトス茶房へ。石牟礼道子のエッセイを読み始める。うつくしいもの、を書いているのだろうか。それとも、うつくしいぶんしょう、なのだろうか。難解ではない。仰々しくもない。奇跡の雨ではない。コートにまとわりつく湿気、空気とともにやってきた水分、それが私の乾きを、救ってくれた。海や、夕暮れや、田んぼ。簡素な田舎の風景。名もない女の言葉。男の言葉。文字から絵が立ち上がって、いつの間にか春のやわらかい雨になり、降らずにそのまま心に留まった。ページを繰るたび自分の中の何かが変わる。書きたくなる。何を? グレーの空に映える桜の暗さを、うつくしいと思ったこと。
(引用) 海は満々と光を含み、木の葉のような小さな舟を、あちこちに浮かべていた。町の方を眺めると、工場の煙が夕べの色に染められて、家並みの上にうっすらと漂い、その下に人間の暮らしがあるのが不思議に思えた。
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