終わりと、始まり(携帯より) - 2003年08月30日(土) 30日深夜26時、広島より。 ひさびさに友達とこんな時間まで呑んだよ。 今日は林檎ライヴの限定グッヅを買う為、開場三時間前に厚生年金会館へ。 ロビーで座って待ちながら携帯をのぞく。そして固まる。 30分後、ぶじ広島のご当地限定Tシャツ(薄浅葱色)や扇子など13000円分(…)を購入し、友といったん会場を出る。 周囲に人がいなくなったとき、はじめて友に告げた。 「終わっちゃうらしい」 驚かなかった。 頭の中で「なんとなくわかってたよ」と呟く自分がいた。 こんなタイミングでわざわざ名古屋でまでアリーナツアーをやる理由、 マネージャーが「これからもこんなに深く関われるバンドは二度と出て来ないだろう」 「次のライヴは彼等の集大成的ライヴになる」と言った理由(わけ)。 昔、大好きなアーティストのはじめてのドームライヴが決定したとき、 「このライヴが終わればあのプロジェクトは終わる」との噂が流れた。 まさかと思いつつ胸騒ぎを感じて参加したら、終わりはしなかったものの しばらく休み(ある意味で)に入ってしまい、自分の予感を信じて良かったと思ったっけ。 今回、ファイナルはどうしても行きたいと思った。 いま見なければいけないという焦燥感を感じて。 いつかこんな日が来るとは覚悟していた。 ぜんぶ嘘ならいいのに。 情報が真実ならば 私の誕生日の翌日。 私の大好きな人たちがステージを去る。 全員が同じ方向を向いて、迷う暇もないほど走り続けた日々だった。 終わらない夢などないと知りつつ、終わってほしくなかった。 パーティは永遠に続いてほしかった。 ずっと出なかった涙がいまようやく出てきたよ…。 それでも私は元気で今夜も眠り、また仕事に出かけて何も変わらない。 私の一番の精神的支柱はほかにあるから。それが崩れたらどうなるかわからないけど。 つらくても私は彼らの決めたことを支持する。 あの人たちはいつも自分達の音楽にのみ忠実だった。 どんな知らせも好きという気持ちを減らせはしないとわかった夜。 一緒にいてくれた友達は、好きなバンドの解散ライヴの音源の最後の曲を何年も聴けなかったという…。 彼女が一緒にいてくれて助かった。 何より、悲しい気持ちを忘れさせる素晴らしいステージを見せてくれた椎名林檎姫に感謝。 <不穏な悲鳴を愛さないで 未来等見ないで> 大好きな人たちが重大な発表をした日は、 奇しくも、やはり大好きな林檎姫の3年ぶりのライヴを見に来た日だった。 あのバンドのライヴを見た数か月後、売り出し中の林檎嬢の初ツアーを見てすっかり気に入ってしまったの。 ファン歴はほとんど変わらない。 それも影響していたのか、休みを終えて見事に復活した彼女が、なつかしい歌をうたった瞬間、 涙がにじんできた。 三年経って、再び彼女の歌をこうして聴けている幸運。 帰ってきてくれて有難う。 今夜彼女に会えて心から嬉しかった。 楽器だけの簡素なセット、新バンド「東京事変」のメンバーは全員着物姿。 林檎は白に薄い青か緑系の縞の入った着物を着て、いつもどおり背筋をまっすぐのばして歌う。 彼女の顔立ちは特にきれいではないが、立ち姿はたいそう美しい。 マイクのコードをひきずってゆっくり左右に歩く。扇子を広げる。 バレリーナ風にお辞儀をする。 彼女の所作が美しいのは、バレエの経験のお陰だろうか。 お色直しの衣装は、背中の大胆にあいたエプロンドレス。かわいらしい。 新しい曲にまじるなつかしい曲たち。無罪の曲をやると客席の雰囲気があきらかに変わる。 今の曲よりPOPでノリやすい曲調。 「本能」はいま聴いてもキャッチーな歌詞も曲もすごく良い。 ヒット曲の貫禄充分。 売れたのは看護婦コスのせいだけじゃないぞ。 林檎の昔といまが交錯する。見た目は違うけどどちらもいい曲であることは変わりない。 彼女にはゆっくり、自分の好きな音を作ってってほしいな。 これから始まるのだから。 ダメだ、3時過ぎて眠くてもう起きてられない; ソロの人は解散だけはないので、マイペースにやってほしい。 今日街でJT2のTシャツ着た人に遭遇。 ライヴ会場ではミッシェルのツアーTの男子発見。 そんな私もミッシェルのフジロックT着ていたが…。 …悲しい…… ...
|
|