coordinatorツアー終了&時代を超えて - 2003年08月04日(月) 8/5 午前3時前に書いてます。(ラジオはろくに聴いてない…) 昨日、2時間くらいしか寝てなくて・・・夕食食べずに死んでました・・・ 予定滅茶苦茶や・・・・ でも、Zepp Osakaであるイベントが@ぴあの抽選で取れたから嬉しい( ̄∇ ̄) スピッツ、Bonnie Pink、syrup16g、レミオロメン…かなり(わたし的に)良いメンバー! 最近、見たことのないアーティストを見たくてならないので、 対バンのイベントは丁度いい機会です。 デフロックのカタログ着きました。Tシャツ買お。 あと、SEEDのキャンペーンのオレンジのジンも着いたー。 あとのが長くなるので先に。 [MICHELLE ADDICTION] 日経エンタのV6の井ノ原くんの連載読みました。 最近一番心臓に来たのはMステのドタキャン事件ですとさ(笑)。 リハのときから、「私たちは別格なの」って顔してたので、出てこなかったときは なるほど、と思ったらしー。 そして現場では5分前に「今から演奏できますか」「できますよ」という 例の緊迫感あふれるやりとりがあったとのことです。 イノッチは、ミッシェルのトークのときもニコニコして見ててくれたので、 非常に好感度高いです( ̄ー ̄) 私は見てないが、笑う犬の冒険のコントのネタにされていたとのこと。 テレビのネタにされるたぁ、いつのまにそんなに偉くなったのかね?笑 ===ここからが、寝る前に下書きしておいた分です。=== 今日は晴れました。 歌いすぎ叫びすぎで声はやや枯れてるし、 レポ書いてたら2時間くらいしか眠れなかったし、 花道ダッシュのときのか、右のすねにアザができてる。 でも気分は爽快。 昼から会議があって、部長の正面で寝てしまいました。 だって、貧血で睡眠不足だったんだもー(−− 西川ちゃんのせいで始まってしまったんじゃー!(八つ当たり) サマソニの騒音がひどくて、周辺3キロの住民から苦情が来たって(汗 WTCだよ。サマクラは大丈夫だったのか〜? a-nation(エイベックスの奴ね)の会場周辺でも苦情が出てたらしい。 外だからねえ。 <時代を超えて残るもの> ツアーファイナルやサマソニに隠れて忘れてたけど、 昨日は記念すべき日だったのです。 ひたちなかのROCK IN JAPAN FESにて、岡村靖幸氏が7年ぶりに 人前で歌ったのですよ。 私の友達やその兄弟でファンだった人がいるので、 皆、驚き喜んでると思う。 私はファンてわけじゃないけど、友達の家に行ったら よくCDかけてたのは覚えてる。ほかの流行曲とは明らかに違ってたな。 私はミッチーの曲聴くが、彼はわかりやすく岡村ちゃんリスペクトなので、 友達に「岡村ちゃん好きでしょ?」ときかれたこともある。 たぶん嫌いではないと思うな。 7年、他人に曲提供したりプロデュースしたりしてても、 自分では人前に一切出て来なかったのだ。 ファンも7年待って復活を見に来るなんてすごい。 彼が活躍してた当時20代前半だった人もすでに30代。 もちろんその間ほかの音楽を聴いたりしてたに違いないけれど、 よくもまあ忘れずにいたものだ。 復活するときいて矢も盾もたまらず集まったんだろうな。 今、流行してる音楽のファンで、7年経っても待っててくれる人なんて どれだけいるだろうか? 私は、どうかな…。好きな人が休んでも、 2、3年なら忘れずチェックしてると思うけど、 7年経ったら、知ってても現地までは行かないかもな。 ほんのちょっと休んだり話題性がなくなると忘れ去られていくかに見える 現代の音楽業界の中で、 7年間のブランクを超えて待たれる個性が在るということに、 胸が熱くなるものがありました。 今年の邦楽界ではMステ突発・生演奏の件に続く自分的「いい話」でした。 <教祖様許可済み> 昨日はバイタルの前に 「近づける奴だけ来い」みたいに教祖からお墨付きが出たのです。 progress沖縄の失敗(たぼ客を手招き、たぼ客席に落下、椅子崩壊、200万弁償、 出入り禁止)が頭をよぎったけど、 なにぶん本当にすぐ近づける範囲にいたので、さっさと行かせてもらいました。 フェスの係員さんが紳士だったからできた技です。 最初に最前列にいた係員さん、片手の指に包帯してて、 ブリの小バトルのあとに交代してました(笑)。やっぱきつかった? まさかその指きのうのライヴでつき指したんじゃないだろうな( ̄ー ̄; 「通路に出ない、コックピットに駆け寄らない」という、 開演前アナウンスの禁止事項をことごとく破ってしまいました(苦笑 (土曜は泣きバージョン、日曜は通常バージョンのアナウンスでした) だって、ほかの会場でもっと無茶する人を上から見てきたからつい… 今回は席が近かったからで、普段は絶対やりませんよ。ええ。 <甦る記憶> 私の気持ちが下向きになると、なぜか良席が当たったり ご褒美をもらえたりする。(ような気がする) まだまだ続けろってことかいな。 昨日座った席が、progressホールツアーの某公演と似た位置だったのと、 (前回より花道のだいぶ内側に入っていたけど) LMFのフルバンド演奏バージョンがラストだったせいで、 気持ちがあの頃まで戻ったみたいな気分です。 ひさしぶりにMaster Feel Sadのメロディが浮かんできた(笑)。 アリーナツアーの頃は次の予定が白紙で、不安だったな。 その後の★からINVOKE、コーディネイトに至るもろもろの動きが起こる前の、 期待と不安が入り混じっていたあの頃。 ホールツアーのあと、どうしても追加がやりたくて、 採算取れなきゃ本人の持ち出し覚悟でくっつけたというアリーナツアー。 あれは意地で全部参加したんだった。 終わったときは、本気で「この人に一生ついていくぞ」と思ったもんなあ(遠い目)。 今は言い切ることはできないけど… できたらそうしたい、かな。うん。 ちょっとしたことで雲が切れて青空が見えたような気持ちになってる。 単純すぎる…。 <サポメンの方々> 昨日の夜ふと思った。 タカノリのサポートができる人の条件は、演奏の腕と、ヴィジュアル(絶対チェックしてる)だけでなく、 演奏中に首をかかえて乳首をいじりまわされたり、スポーツドリンクを 顔に吹きかけられたりしてもキレずに演奏できる人格です(笑)。 むろん、仲良しだからこそできる大技だ( ̄ー ̄) 大将のアホな思いつきにも笑って乗ってくださるサービス精神も嬉しい。 ★ツアー以降、ボーカル、ギター、ベース、ドラムのシンプルなバンド編成になって、 コーディツアーでバンド演奏を前面に押し出す構成にし、 すっかりTMRに欠かせなくなったお三方です。 わがままで子供みたいな人に付き合ってくれるありがたい方々だ…。 演奏的には、スナオはわりと普通で、ヤマはかなり面白いという評を ときどき聞きます。 ナベさんは後方でどっしり構えて存在感がある。このツアーでは出番多かったね。 いつまでかわからないが、いい関係が長く続くといいね。 <友よ> 昨日の相方は、昔からさまざまなアーティストのライヴを見てきた人で、 かなり耳も目も肥えてる人だと思います。 毎ツアー、誘ったら必ず2、3回自主的に来てくれます。 「MCが毎回違ってすごい面白い」 「歌が上手くて、いつも最後まで安心して聴けるのがいい」と 誉めてくれます(照)。 洋邦問わずライヴに行くのが好きな人にそう言われるとすごく嬉しい。 米国でのCD発売について彼女いわく 「外国の人は、英語で歌うより案外日本語のままの方が好きだったりするよ」 だそーです。 ターゲットはオタク層だけど・・・受けないよりは受けたほうがいい、かな…? <音楽イベント> そういえば昨日オタコン話の前振りで、 「国内の音楽のイベントに呼ばれたことがない」と言ってましたね。 DA's Partyは自分ちのイベントだし、 アリ〜なはラジオのイベントだものね。 ほかにも単発でイベントに出たことはあるはずだけど… 純粋な音楽フェスには縁が薄い人です。 あの手のイベントは基本的にテレビにたくさん出るアイドルっぽいのや ヴィジュアル系(出身)は好まれないし、 少なくとも自作曲かそれに近いものをやらないときついわねぇ。 それにファン層が合わないと思うな。 あまり黄色い声援とぶような人は、全体のバランスを壊してしまう。 単独で野外ライヴができるようなアーティスト呼ぶこともないしね。 JAPANフェスのシークレットゲストはhydeだったそうだ。 ネットであらかじめ予想されてたので驚きはしなかった。 どれだけ歌唱力があったって、 ライヴのパフォーマンスが良かったって、 曲の好みが合わない人に受け入れてもらえないのは仕方ない。 一度自分のファン層とは違う人の前で、王道以外の曲を演る機会があれば 面白いけどな。 こないだの林檎ちゃんのロフトイベントへの突発出演みたいに。 (あらかじめファンに知らせると他のアーティストの迷惑になりかねないのが 難点。) <コーディネイター以後> 西川は、TMRは、これからどこに向かうんだろう。 "転がり続ける先が どうだって変わらない 握り締めてきた夢だけに その瞬間(とき)手が届く” (Out Of Orbit〜Triple ZERO〜) 実際はこの曲のあとでほんとのゼロクリアにすることは出来なかった。けど、 この曲に込めた願いは今でも変わらない。 "新しい風が吹く 約束のない場所へ そして今日も消せない情熱(ひ)に胸を焦がして往くだろう” (LIGHT MY FIRE) 前者は秋緒さん作詞、後者は西川作詞だけど、 どちらも前へ前へ進もうとする真っ直ぐな良い詞だと思う。 ライヴで、ヒーキャパのときや全曲終了後の背景に浮かび上がる 「T.M.Revolution」の誇らしげな文字が コーディネイターツアーの象徴だったと思う。 一度は捨てることも考えたであろうこの名前で今後も戦い続けるという 彼の意志の象徴だろう。 これからも走って、戦って、歌い続けて、ステージの上に輝きと永遠を刻んでほしい。 彼の声に出会えてよかったと思う。 ...
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