色々な方と話をしていると、
「無意識のイメージ」
ならびに
「そのイメージに紐づいた、 意識上には現れない言語」
によって、
自らの人生を(10年、20年、30年以上先に至るまで) おおよその漠としたレールを描き、
そのレールに忠実に従っているだけではないか、
と思うことが多々あります。
■「一生懸命生きています」
と言われているのを、よくよく聞いてみると、
意識の上には現れてこない、
しかしながら自ら敷設した既存のレールから 外れないように
「一生懸命に」
走っているだけ、
ということも多いように思われるのです。
■そういう既定の路線
(またの名を「予定調和の路線」ともいう)
を自覚なく走っている、
という前提を覆さない限り、
どれだけ一生懸命勉強しようが、 どれだけ一生懸命行動しようが、
せいぜい、自ら敷いたその線路を 速く走ろうとしているに過ぎないことになります。
■今の人生、ならびに、これからの先行きに対して、
「これじゃない」
という心の声が聞こえてくるのであるならば、 どこかのタイミングで、
やり方よりもあり方に目を向け、
現状ではなく、未来の夢に対して意識を向け、 自らの可能性を解き放つ、
そんな「赦し」を自らに与えてやることが 必要なのではないでしょうか。
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