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2004年07月12日(月) サマワ自衛隊宿営地へのデモから見えてくるもの



 サマワ住民約七十人の自衛隊宿営地へのデモがあったと言う。左翼系の新聞ならそれ見た事かと書立てそうだが、しんとして書かない。それも道理、デモ隊は日の丸の旗を振り「サマワ市民と自衛隊で安全な街を再建しよう」と書かれた垂れ幕を掲げて、おまけに、佐藤隊長に花束まで贈った。
 
 この様子を米CNNが五月六日に放映した。デモの直前まで、宿営地周辺では迫撃砲弾が相次いで撃ち込まれていた。なんでイラク市民が、自衛隊を守ろうとするのか。米軍が反応して、陸上幕僚監部などに問い合わせしたらしい。そこにひげの佐藤正久一佐(四三)がいたからと言う事になったが、多分なぜなのか西洋人には分からない。
 
 有力部族長が出した布告「日本軍を攻撃したら一族郎党を征伐する」
ここまで言ってくれるのはなぜだろうか。向こうではひげを蓄えている事が、大人の男としての証である。ひげならアメリカ人もたくわえているのもいるだろう。日本は何でも金で解決する、財布の紐がゆるい事は、以前にも、ODAのことで書いたが、そういうことを知っているイラクの部族長達は、遠路 自衛隊に面会を求めやってくる。

 この時である。この時に、日本人隊長は満面の笑顔で持って迎へたに違いない。西洋人がうす気味悪がるあの意味不明の「笑い」である。ようきたなぁ! ニコニコニコ。終始笑顔を絶やさなかったに違いない。無心をしにきているのに、この笑みはどうだ、と思ったろう。

 こういう 西洋人に理解できない日本の美徳は他にも多くあり、その大半は滅びた。「裸を人に見られたらはずかしい」と今は普通に思われているが、そうではなく「ラスト・サムライ」の映画に、ワンショットではあるが、沐浴シーンを見られても、恥ずかしがる事無く普通にふるまって対話する場面がある。よくぞ、ここまで昔の日本人の事を調べたものだと驚いた。

「裸がはずかしい」というのはキリスト教の思想なのである。アダムとイブが、禁断の果実を食ってから、羞恥心が芽生えて、局部を葉っぱで隠しはじめる。「知」すなわち「羞恥」という考え方。
 
 ところが、江戸時代前後に日本に来た西洋人は、日本人の性意識に異様に驚く。禁欲的でなく、野放図に見えた。なのに道徳・規律が守られている。
 キリスト教の司祭など、「世界で一番みだらな国民だ」とまで書いている。想像に絶したのだろう。
 だが。日本に何年も住むうちに、「性」を肯定した生き方が西洋人にも理解出来はじめる。
 西洋の価値体系とまったくちがった文明圏との遭遇であった。
 
 庭先で、行水していて、外国人が通りかかると、彼等を見るために平気で、素裸で外に飛び出していく。町の銭湯は、老若男女混浴で、若い女が体を洗っている横で、家族が洗っている。この事が信じられない西洋人達は、着衣土足のままで、銭湯に押し入り、見物した(体中毛むくじゃらの無礼なお方達を見て、日本人は彼等の事を、南蛮夷狄とよんだのである)。当の日本人は皆笑っている。
 
「性」を忌諱したわりには、サディズム・マゾヒズムを生み出し、胸元まで深く切れ込んだ服を着た西洋の女を見て、侍達は、紅毛の夷狄(野蛮人)と一笑した。
こういう観点から日本人を見ると、日本人はすでに滅びて久しい。
 
陸自幹部は「*戦わずして勝つことが大事です」と米軍担当者に語った、そうだ。(7/11 産経新聞朝刊)
 
 
*孫子の兵法「百戦百勝は最善ならず、戦わずして勝つことが最善」
 










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