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2004年01月10日(土) わっはっはの初笑い



 先日夜に京都宝ヶ池プリンスホテルでおこなわれた初笑い狂言・晩餐会に行って来た。

 普段は、観世会館が主な見物場所だけれど、お正月でめでたい時期でもあるし、なにより普段は、しゃっちょこばって小さい堅い椅子席で、それもほとんど正面席は無理で左右後ろの方の席でしかみられないでいた。
観世会館(京都市主催)のこの催しは廉価である。そして早いもの順で着席する。
だから、午後六時開場にあわせておっとり出かけようものならまず上席はない。一度などかなり早く出かけてもすでに暇な(失礼!)人達は来ていて、真正面の前の方の席はとれなかった。
以後、見られりゃいいやときっぱりあきらめ、二階席、舞台左横一番前から見ることにきめそこが定席となっていた。
 そこに、上の催しがあると聞き、おまけに席は決まっていて、飯食って一杯やりながら見物出来るというので、飛びついた。
それに、人間国宝の茂山千作を今の内に見ておかないともう、かなりご高齢なのでいつ舞台からおりてしまわれるかわからない事もあったので、奮発して家人と見に行った。

 出し物は、「二人袴(ふたりばかま)」、新春対談をはさんで、一端食事(なぜかフランス料理)になり、後半は「呼声」「素袍落(すほうおとし)」でいずれも過去に見た曲であったが、とにかく丸テーブルでゆったりとして、調度良い席位置で、何百人かいるのだけれど、みんな高いお足を払ってまで見に来ようと言う人達だから、一体感があって心地良い。
前の方の席には、芸能人や和服のきれいどころ、元きれいどころ?がちらほら。

 給仕のお姉さんがこちらがあまりにワインをおかわりするのに気を使ってくれて、食事時間が終わって後半が始まる前に、別に足付シャンペンクーラにシャンペンを席横にセットしてくれ、誠に恐縮してしまった。そこそこ音などに遠慮しながら、いっぱいやりながら見る。これが本来の楽しみ方だろう。
お相撲も、観劇も昔からそうだった筈である。いつの頃からか、気取った人達が出現して、映画館でも、ものを食べないようにとか持ち込みお断りとかいいはじめた。

 新春対談で、千作さん、息子さんの、千五郎と千三郎との思い出話のなかで、狂言を教えるのは父親ではなくて、祖父から教えられると聞いて驚いた。
たしか法隆寺の宮大工だった西岡常一も、お爺さんから教えられたと書いていた。お爺さんに現場に連れて行かれて、放って置かれた。その内どの大工が出来るかが見極められるようになったという。大工の仕来りはすべて口伝で伝えられる。

狂言も同じようで、口伝で教えられる。今回は出演していなかったが、千作さんの弟、千之丞さんは、家にいた頭のいい女中のお梅どんが狂言の台詞を覚えてしまい、それを千之丞さんの子守りの時に何度もうたうのをいつの間にか覚えて、それではと三才だかで初舞台を踏むことになったという。関西の狂言は口伝、言葉から始まり、関東の狂言は形のまねから始まるという。

 東京の日本料理はほとんど関西の懐石風料理に席巻されている。料理と同じく狂言もここの所、関西の狂言が圧倒し始めているという。そうだろう、狂言に出てくる場所はほとんど京都なんだから。本場もんと言うことで。

 話は変わって、千作さんはこのホテルに、毎朝スポーツ新聞(阪神ファンらしい)をもって現れ、朝ご飯をいただくのだそうだ。
 三時間におよぶ晩餐会と狂言会は無事終わり、さんざ笑って、夜空に雪のちらつく宝ヶ池プリンスホテルを後にした。










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