CORKSCREW Diaries(米国編) |
僕の住んでいた町は名古屋から真っすぐ南に下った知多半島の先にある。 京都から新幹線を使えば、家を出てから3時間足らずで着いてしまう。 そのくせ最近はほとんど帰っていなかった。 昨年は色々あったからなあ。 実家が神戸に移ってしまったため泊まる場所の無いセッキーに我が家で泊まってもらって、 そんで車で河和の町を走る(さすがに田舎なのでサニーデイ風に「街」とはとても書けない) 昔セッキーが住んでいた家は今は駐車場になってしまっていた。 そう言えば昔よく彼の家に遊びに行ったよなあ。 小学校も変わっていなかった。 少年野球団が練習していた。のどかだった。 小学校時代はあれほど遠かった河和小学校も、 今ではなんかすごく近い。 車で行ったからかも知れないけど。 なんかそう言うトコロでも大人になったのかなあ。 担任のヤマモトユウジ先生にはよく殴られた。 でも僕は先生が好きだった。 授業、楽しかったしね。 体罰教師って確かにあったけど、 それってはたして本当に否定出来るのかと思う。 そりゃあ、ケガとかさせたらダメだけどさ。 ユウジ先生は一回授業をやらずに買ったばかりのLDで 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか「ロッキー4」を見せてくれたことがあった。 見せびらかしたかっただけかも知れないけど(笑) でもなんだかんだでいい先生だった。 「女便所でクソ事件」とか未だに覚えている。 かなり笑わせてもらった。 小学校って、担任によって色んなものが変わってくるから、 そう言う意味ではラッキーだったと思う。 中学校でも高校でも卒業式は泣くことは無かった僕だが、 小学校の卒業式だけは泣けた。 やっぱり、一期一会だなあ。 しかし小学校時代からずっと騙されていたのだが、 セッキーはA型らしい。ずっとB型だと思ってた。 ひどいずっとだましてたなんて(誰がやねん!) でも彼の明るさはB型のそれだったんだけどなあ。 それに結構助けられた覚えがある。 河和の町は本当に変わっていなかった。 遊ぶところが何も無くって、 車でドライブに行くぐらいだろうか。 もしあそこに住んでいたらどうなっていたんだろう。 セッキーを送っていくついでに中古CD屋に寄って、 ユウヒーズの「アメリカンスクール」をゲット。 箱がすごくボロかったのが痛かったが、 でもこのアルバムを居酒屋で聴いたのが、 そもそもホフを聴いてみようかと言うまずはきっかけだったからさ。 「ユウヒビール」よりも洗練されてて僕は好きかも知れない。 田舎のそう言う店には時々とんでもない掘り出し物があるのだ。 (まあ今回はちょっと違うけど) そう言えば昔サニーデイの「東京」の初回限定版とか、 プリの1stのセカンドエディションとかが平気で売られていたもんなあ。 田舎恐るべし。 さすがに日曜日の日記は疲れたからやめ。 今日のも密かに書いてないけどさ。 また書けたら書きます。 |