西方見聞録...マルコ

 

 

カナダから見た中国デモ雑感 - 2012年09月19日(水)

 さて日本の友人達のSNSで中国デモの話題で騒然としているが、ちょっとこの問題についてカナダから見えた情景をメモしておく。 

 とにかく圧倒的にこの問題に関する情報量が少ない。カナダでは新聞には出たが、映像ではBBCで、朝のニュースではとりあえず17日の朝にちょっと取り上げられた以外、ほとんど言及されなかった(ってずっとテレビ見てたわけじゃないけど、朝の7時台のCNNとBBCチャンネルは英語耳作りに見てました)。

 ネットや新聞など比較的ニュース(文字)容量に余裕のある媒体では散発的に取り上げられてた。でもどこでも、日本の右翼政治家の行動を日本政府が追認したことが今回の緊張の始まりってかかれてたよ→BBCニュースサイト

 かわりに物凄くカナダが発狂しているのは、9月12日の在リビア、アメリカ大使の殺害事件と、その前後のイスラム侮蔑映画への怒りをもって燃え上がった中東諸国のすごい烈しいデモ映像だ。

 武装民兵が大使を殺害し、さらに各国に燃え広がって燃え盛る殺ル気満々(のように撮影された)イスラムデモ映像のあとでほんの数分流された大使館に向かってペットボトル投げている中国のデモ映像は、なんというか、殺ル気のない政治的主張の手段としてのデモってかんじだった。(その後のパナソニック工場へのアタックに関してはまったく朝のニュースでは取り上げられなかったと思う。)
 さらに中国デモの前には日本の自衛隊による演習の映像も紹介された。論調としては両国間で高まる緊張、しかしスタートボタンを押したのは日本の右翼政治家、その右翼の主張に同調する日本マジョリティの姿がばっちり紹介されちゃったって感じ。

 それに対して,日本の世論はスタートポイントの部分にフォーカス当てずに中国デモを細かく取り上げ、物凄く中国を批判している。カナダのイスラムデモ報道を見ても思ったけど、みんな自陣営の「やった」ことからはフォーカスはずして、「やられたこと」にフォーカス当て過ぎ。

 とにかく、現在の日本国内で盛り上がってる中国批判に無批判に乗るのは、右翼政治家の行動の肯定につながる、と思う。尖閣は日本固有の領土と声高に叫ぶのが、1895年の日本の帝国主義的領土拡張を肯定することと繋がるように。

 「やられた!」と叫ぶまえに自分達の歴史を相対的に見る努力というのはどちらさんにも必要な知的営みなのではないか。

 ところで大量消費礼賛の高度経済成長期から、エコ全盛の世の中に舵切ったみたいに、国境で発情する時代から、国境はファジーに棚上げもしくは共同領有が知的,って感じに時代がパラダイムシフトすることを私は願う。近代以前はファジーだったんだしさ、ホントに。



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