西方見聞録...マルコ

 

 

いい夢ばっかりじゃないけど悪い夢ばかりでもない 結 - 2007年03月13日(火)

 あーどうもどうも。なんか熱くなっていろいろ語りましたが、何で熱くなったのかちょっと説明しずらいのですが、最後にまとめとこうと思います。

 まずビクトリア湖の魚が全部ナイルパーチに食われちゃうって感じの単純な生態系観の部分がなんか最初っから引っかかってたのでした。最大水深84M,平均水深40Mある湖で魚がすみわけしないで、全部でっかい魚に食われるかな? 水深7メートルの霞ヶ浦じゃあるまいし。

 でもまあナイルパーチが小魚を全部食っちゃうというのは欧米日の先進国という巨大な消費魚がアフリカの中小魚を食い荒らしているということへのメタファーとして描かれたのかな? あんまり実際の湖の生態環境には重きが置かれてないのでしょうかね。一切データ的なものは出てきませんでしたよね。

 湖の生態系の話としてもグローバリズムの生態系の話としてもやや乱暴な単純化されすぎた図式という気がします。

 湖の生態系の話として捉えた場合、乱獲で確かに漁獲量は落ちてるけどそれはナイルパーチだけのせいではなくて、輸出用に採りすぎてたり、周囲の環境問題も絡んだもっと複雑な問題のはずだと思うんですわ。地元ムワンザのTV局が『湖の死』という環境ドキュメンタリーを制作してたっていいます。わたしゃこの地元のTV 局製作のドキュメンタリーを見たいな。
このムワンザのTV局製作のドキュメンタリーの話や細かい漁獲量の話はココで見つけました。
こんなんとかこんなん

 
 で、こういう意見を読んだからってこともあると思うんだけど、やっぱり欧米のアフリカ観(惨めで悲しいなすすべもないアフリカ)が色濃く投影された作品だな〜って気がしました。もちろんアフリカには戦争地域もあり、そのせいで本当に惨めでなすすべもない地域もあるだろうけどタンザニアがそうかって言うと、ちがうんじゃないの?って気がするんですね。

 アジアを語るときアジアと言ってもさまざまな地域や国があるのと同じようにアフリカも多様です。でもアフリカを語るときはなんかすごくみんな乱暴に飢餓と内戦の「アフリカ」でまとめるな〜という気がします。で、それはやっぱり絶対的な情報量が足りないからだと思うんです。かろうじて人の耳目を引く飢餓と内戦は伝わることもあるけど普通のアフリカの日常の情報ってあんまり伝わらない。で、やっと伝わったアフリカの日常が「ダーウィンの悪夢」で『なすすべもない感』が濃厚なことに私はきっと失望したんだと思うんですわ。

 MIXIのほうでアイラグちゃんが<http://mixi.jp/view_diary.pl?id=349545384&owner_id=1932891>な風にタンザニア政府の抗議に反対しているけど『多様な見方が確保されてる状況』ではじめていえることだと思うんですね>「ドキュメンタリーの数だけある世界」。すまんアイラグこんな紹介の仕方で。MIXI はMIXIにログインしてからでないとページが見えないのでご注意。

(言論の自由に配慮してたけどやっぱり黙ってられなくなった吉田昌夫先生のコメントなんかをご紹介)

 メジャーに流通しているアフリカ情報の中でどれだけ「悲しくてなすすべもないアフリカ」以外の情報が流れてるかって言うとすごく少ないのですわ。メジャーに受け入れられるアフリカは常に悲しくなすすべもない。つまり人々が欲している情報が、人々が見たいアフリカがそういうアフリカなんだろうなと思うのです。メジャーな作品が今後たくさんアフリカを背景として使うそうです>(松本仁一ワールドくりっく 朝日新聞3月8日掲載)で、それらの映画の世界観の中で能動的に動き回るのは常にデカプリオだったり、レイフ・ファインズだったり白い人々で、アフリカ人たちは背景としてあるいはステレオタイプ化された役どころを粛々と演じるんだろうなとおもうと「客体としてのアフリカの再生産」に胸が痛みます。

 またダーウィンの悪夢について島津さんがここで言ってるみたいに、普通のタンザニア人が出てこないな〜というのもマルコも共通して抱いた感想です。売春婦さんもストリートチルドレンもエイズの問題も確かに広く見られ、対処していかなければならない問題だけど、それ以外のマジョリティーである普通に学校に通う少年少女やエイズに罹患してない農村女性や職業婦人は一切出てこない。

 またこの映画の後、映画に出演したタンザニアの人々がものすごくバッシングされたと聞いてマルコはやはり『隠し撮り』というドキュメンタリーの手法に強く疑問を感じるのです。それが強者に向けられたときは何らかの打開策として役立つか?とは思うけどこの映画に出てくる夜警(アスカリ)なんて絶対的なグローバルに弱者な人々にそれをする意味があるのかな?アスカリが「戦争にならないかな〜、兵隊やってたころは人なんかたくさん殺したよ」って語るんですが、あれ絶対なんつうのかな、夜、男同士でやる与太話って言うかほら話ですわ。うちの上司もよく宴会で与太ってました。『公務員の給料なんて俺にとっちゃビール代にもなりゃしねえ』って。

 そういうアスカリの与太話をまるでアフリカ人は普通に戦争したがってる的に切り取ってくるんですから、このドキュメンタリー作者のアフリカに対するこういう世界観を色濃く反映していると思います。この写真、掲示板のほうでいとなんも不快感を示していましたが、映画のポスターとして普通に使われました。どういう場面かというと湖のほとりで魚のアラを調理していたストリートチルドレンたちがアラを取り合ってけんかになってアラをとられないように必死になってる場面からとってきたんですよね。

 この映画後アスカリもアスカリを映画監督に紹介した人もみんな解雇されたそうです。唯一映画に映った学校に行っている子どもであるアスカリの息子は今学校に行けているのであろうかと考えると切なくなります。

 ダーウィンの悪夢はわかりやすく(すぎるくらいに)いろんな問題を提起した点は評価します。見た人はこれをきっかけにもっと多様なアフリカを独自に探してほしいと思います。この「ドキュメンタリー」はやっぱり話題性のためにもっともセンセーショナルな部分をつないで編集されているということを前提に。



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