西方見聞録...マルコ

 

 

命の格差 ナイロビの蜂を観て(4) - 2007年02月10日(土)




 主人公二人の関係についてはきっと映画好きの人がたくさん語ってると思うのでマルコは論評しません。Feliceさんの映画評でジャスティン・クイエル氏の声の大きさの変化に注目しているのを読んで、ほ〜なるほど〜と感心しました。そう、大きい声を出す人には大きい声を出す理由があるのです。

 しかし不可解なのは何でテッサはクイエルさんと結婚したのかな〜ということです。すごい好きで一緒にいたいなら外交官夫人なんて超制約の多い身分でケニア入りしなくてもNGOのインターンとかボランティアやワークキャンプで数ヶ月ナイロビ入りするのは簡単なんですから、いってむこうで自由恋愛すりゃあいいと思います。だいたい夫に秘密にしたからって「夫が守られる」わけないと思うんですよ。保健省大臣に汚職を直撃した時点で夫婦そろって帰国というのがまあ正しい外交官妻の道でしょう。テッサみたいな人は絶対無理です、あのポジション。誰か忠告してやってください。

 ただ1つ、すごいぞテッサ!とマルコが感嘆したのはテッサがウフル病院で子どもを産むという選択をしてそして実行した点です。出産時の妊婦の死亡率、西アフリカで21人に1人だったでしょうか。アメリカなら6000人に一人、北欧なら9000人に一人です。(出典地球白書の赤いやつ)手元に資料がないのですが新生児死亡率の格差はもっと激しいはずです。
 自分のではなく子どもの命を懸けて「現地の人々と同じ」を実行するというのはすごい力技です。自分の命ならはずみでかけちゃうことってあるとおもうんですけど。

 ちなみにナイロビなら、ナイロビ病院にお世話になる財力があれば西欧とほとんど変わらない医療が受けられます。協力隊員はみんなココでお世話になってました。またインドソサエティが運営しているアガカーン病院でもかなり高度な医療が期待できると思います。また地方部にもPCEAチョゴリア病院のようなキリスト教系の団体が運営する病院は安価に一般ケニア人にもかなりハイクオリティな医療を提供しています。私はここで歯科治療を受けていました。

 そういう選択肢もある中であえてほんとに最下層の保健省系列の国営病院でテッサは子どもを産み、そしてあえなく喪います。
さるとるさんがナイロビの蜂を論評してこのリプロダクションへの情熱とその喪失とが彼女をその後の戦いにかりたたせたのでは?とおっしゃってましたが、私も同意します。子どもを喪う事だけが彼女に出来る真に「ケニア人と同じ」ことだったのです。

 またまた私事で恐縮ですがマルコは川崎時代第1子を助産院で産もうとして3日間10分間隔陣痛でがんばりましたが、産まれなくって深夜子どもの心音が乱れて救急車で近所の市立病院に搬送されて、緊急帝王切開で子どもを産みました。到着した市立病院で若いお医者さんがいろいろ問診している最中、ベテラン看護婦さんが来て「もう心音は確認しましたか?」ときいて「あ、まだだった」とお医者さんが言うと「もう〜それを確認しなきゃ無駄になるじゃない」といわれたのが忘れられません。何が無駄になるのかな?夜中に非常召集された皆さんの労力かな、マルコのおなかの中の命かな?

 「ナイロビの蜂」を観た後、布団の中で両手に二人の子どもに腕枕してその頭を抱きながら考えたのは、私がケニアのナイロビ近郊のキベラマーケットのお母さんだったら、少なくても2人のうちの1人は確実にこの手の中に居なかった。もしかしたら2人目も産めなかったかもしれないな。でも私は今二人を抱いている。これが、これこそがあそこで生きる人々と今日本で生きているマルコの間の乗り越えることの難しい命の格差なのだろうなと思いました。




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