unsteady diary
riko



 このままでいいよって言うのは簡単だけど…









彼女は殆どしゃべらなかった。なにか癒しがたい傷があるように思われた。


しかし私は何も尋ねず、また尋ねようともしなかった。4・5日してモニクは堰を切ったようにはなし始めた。





「父はカメラマンだった。『ライフ』の仕事もしていたわ。でも去年自殺した。私のせいだわ。私、アブノーマルなの。セックスのできない体に生まれたの」





「両親は私のことで喧嘩ばかりしていた。父には信じられなかったのね。私がそんな体だということが。ある日、私を犯そうとしたの。私を犯して私の体に異常がないことを証明したかったのね。私も犯されたかった。父になら。でも、できなかったの。母が鍵のかかったドアを外から叩いていたわ。『やめて、やめて』って泣きながら」





私は黙って、息を呑んでいた。





「両親はすぐに離婚して、父は1人で家を出て行った。3ヵ月後に死んだわ。



母は頭が可笑しくなって、今、ローザンヌの病院にいるわ。私、ひとりぼっちになって、ヒッチハイクで旅に出た。何度か運転手に乱暴されかけて、必死で逃げた。犯されるより、犯されない体だと知られるほうが、ずっと怖かった」





私は聞いていられなかった。手でモニクの口を塞いだ。モニクは一晩中すすり泣いていた。





「スイスへ帰って、病院に行ったらいい。医者がきみの力になってくれると思うよ」





彼女は首を振った。微笑んでいた。





「もういいの。あなたのことは忘れない。私、このままの体で生きてゆくつもり」





                      大谷幸三『ヒジュラに会う』より








劇団風琴工房の「透きとおる骨」(ビデオ)を見た。
ずっと見たい作品だった。

筋はなんとなく知ってはいたから、
そうとう覚悟してた。
見るまでに何日か考えたくらい。

やっぱり見てよかったという気持ちと、
こんなの見たくなかったという気持ちが湧いた。

ぼろぼろ泣いて、
傷が広がる。
見えないつもりでいたものまで、よく見える。

それはきっともとから在るものだったのだから、
伽耶(物語の主人公で、モニクと同じく半陰陽)のせいじゃないのだけど。
すごく苦しい。

伽耶を追い詰める言葉は、
そのまま私を痛める言葉だった。


性別じたいに
「男」と「女」という二元論じゃなくて、
グラデーションがあるとして。
それなら性自認もセクシュアリティも「女」と扱われるカテゴリーのなかにだって
グラデーションはある。
外見も内面もぜんぶ含めてさまざま違うのだから。
それなのに、どれかは正しくて、
どれかが正しくないことになる。
多数派と少数派が生まれて、
優れたものと劣ったものにわかれてゆく。
その差は、客観的な、厳然とそこに存在する差というよりは、
もっと文化的な、主観的な差だったりもするのに。
動かしがたい、神様が決めたみたいな言い方をされる。

そうやって決められたプラスとマイナスの要素の数を数えて、
その総数でなんとなく自分を知る。
自分の偏差値、みたいなやつを。


伽耶が言うの。

自分はなにも間違ってない。
まわりがバカなだけ、そんなことにはもう慣れた。
でも、自分がいちばんこの体を恥じている。
自分が自分を殺そうとする。

レイプされることより、レイプされない自分が恥かしい。
まともな体じゃない自分が、恥かしい。
間違ってないと知っているのに、
そう思ってしまう自分がいちばん嫌。

そんなふうに叫ぶ。



唐突だけど、私、痴漢って大嫌い。
すごくバカだと思う。
でもさ、
こんな自分に欲情するなんて
よほど不自由してるんだね
そんなふうに苦笑いするしかなくて
素直に相手の卑劣さを責めて声を上げることのできない
自分がいちばん汚い。
だれより、卑怯だ。


自分を愛せない
自分に嫌悪感が沸くって
どんなことなのか
説明するのは難しいなって思う。

同じような傷を抱えていたって、
克服して元気に健康的に生きている人がいっぱいいて、
そういう人の特集なんて組まれちゃったりもして。
そんなヨコでさ。
ちっちゃな差異に悩んでるなんて言ったら
「ああ思春期だね」とか
「五体満足なのにバチ当たるよ」とか
「甘ったれてるんじゃねーよ」とか
いくらでも予想できる、すてきな答え。

…わかってるよ、そんなことは。
なにも間違ってはないし、恥じる必要はない。

それでも気持ち悪くて、恥かしくて、
そう思ってしまう自分を一生懸命隠して、
なにも感じない振りをしてるとしたら?
そんなときは、なんて言えばいいの?

手術して「完全な女」に近づけるようにと、伽耶もモニクも勧められるけど、
そういうことじゃなくて。
このままでいけないって思ってる自分がいなくならなくちゃ
ハコモノだけ変えたって、
幸せな結末じゃないの。

たとえ歪んでるとこを矯正したとしても、
矯正した自分は自分じゃなくて、
けっきょくそうした自分をまた恥じるだろうから。
意味ないのよ。

ダメだわ。
涙止まらない。
冷静に書けないから、
今日はやめる。


2001年09月24日(月)
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