unsteady diary
riko



 記念写真


クッションを手土産にもらった日、
片付けをしていて出てきた昔の写真を、彼女と眺めた。
同じ高校に通っていた頃、修学旅行で一緒に撮った1枚とか。
お互い、消したいくらいやばい過去。(笑)

高校時代のRは、眉が変。
思いっきり下がってる。
さらに、“お岩さん”を地でやれるほどの長髪だったので、
ヤングミセスの風格さえ漂っている。

その後のRは、面倒臭がりが昂じてベリーショートになり、
以来すっかり男の子ショートが定番化した。
こっちのほうが見慣れたせいか、
写真の彼女は、別人みたいだった。
つくづく、中性的なカンジが似合うんだなと思う。
私とはどこまでも正反対。
だから長続きするんだろう。


私自身は、去年の夏に隠し撮りされちゃったときの写真を、最近友人からもらった。
カラオケ中、眠くなって友人にもたれてる写真。
めちゃ無防備な表情をしている。
2枚あるんだけど、2枚とも目がほとんど開いてないの。
ぱっちり目を見開いてるような写真よりは、そのほうが自然に思えた。

ただ、伏せ目がちっていうと聴こえはいいけど、
普段も、まともに目を開いてることは少ないらしい。
おまけに背が低いので、周囲の友人たちには、目の玉どころか、伏せた睫毛しか見えてないんだそうだ。
それを聞いてしばらくは、意識して目を伏せないようにしていたんだけど、
すぐに疲れて素に戻っちゃったんだよなあ。(笑)

私が写真を苦手なのは、正面を見つめて表情をつくる必要があるせいなのかもね。
正視することが苦手な私は、どこを見たらいいのかわからなくて、
視線が彷徨ってしまうから。
そんなわけで、写真の殆どは、どっかイっちゃってるみたいな、硬くてわけのわからない表情ばかり。

だから。
一度くらい、自分でも目を背けないですむ写真を撮ることができるなら、
やってみたいと思わないでもない。
でも実際は。
「今の自分を残しておきたい」なんて思えるほど、私は自分を好きじゃないし。
これまでの写真が示す自分もまた真実の姿だと思うから、それを修正したところで、たいして意味がないんだろうとも思う。


2001年07月30日(月)
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