| ビー玉日記 | きのう もくじ あした |
2002年02月15日(金) バラ色の人生設計 オリンピックなんかを見てると、こういうスポーツ選手は明確な目標があっていいな、とうらやましく思う。 オリンピックとかプロ野球とか大リーグとかJリーグとか、ともかく何か先に見えるものがあるでしょう。 その先のことはまたそこまで到達してから考えるんだろうけど、短い人生のうち一度大きな目標が達成できたのなら、それだけでうらやましい。 それに比べて私ときたら。 コドモの頃から特に何かを目指したことがない。 いや、あったかもしれないけど、飽きっぽいので記憶にも残らないくらい筋の通った大きな目標は立ててない。 ○○になりたい、ということはテレビや本の影響で口にしたり思ったりするんだけど、本気で考えたことが一度だってあったとはとても言えない。 小さい頃は、大人はみんなハタチだと思っていた。 なぜなら幼稚園の先生に年を聞くとみんな「ハタチよ」と答えるからだ。 (たぶん「先生ハタチ?」と聞いていたに違いない) 私にとって、大人になることはすなわち、背が伸びることとお化粧が許されることであった。 大きくなるにつれて、将来の夢は少しずつ先へ向いていく。 中学の時は、大学に行けば遊んで暮らせると思っていた。 高校の時は、大学を出たらすぐ結婚するつもりだった。相手もいないのに。 大学に行って、就職活動をはじめる頃になって初めて、具体的に職業のことを考える。 考えても就職氷河期。 図書館司書の資格しかない文学部の学生が会社を選ぶ余裕なんかない。 最初の内定が出たところで力尽き、他を探すのをやめた。 思えば就職した時点で、未来のことを考えることをやめてしまったような気がする。 今は10年後はおろか、1、2年先のことすらわからない。 想像もつかない。考えてもさっぱりわからない。 そのくせ、いつか東京を離れて海辺の家で犬と暮らそうという雲をつかむような夢だけは今も時々考える。 そしてそのビジョンを思い描いていつも不思議に思うのは、夫や子供や孫などの家族と言うべき人間が一切登場しないことだ。 やっぱり。(笑) 私の将来の夢というのはいつも現実逃避でしかないのかもしれない。 今はこうだけど少し時間が経てばこんな楽しいことがある、という風に考えてきただけなのかも。 そんな気がする。 |
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