petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年04月07日(月) 『花と…鬼と人と 3』(オガヒカ小ネタ)

ソフトクリームと缶コーヒーを買って、緒方の待つRX−7に戻ると、両手が塞がっているのを見越してか、緒方が中からドアを開けた。

「早く入れ。せっかく風呂に入ったのに、冷えちまう」
「うん………」

顔色は良いものの、また表情が暗くなっているヒカルに、緒方は内心で舌打ちした。この時期のヒカルは些細なきっかけで、すぐにふさぎこんだり呆けてしまう。――初めて海に連れて行った、あの5月もそうだった。
…不思議なのは、そんなヒカルをやっかいだとは思いながらも、面倒くさいとは思えない、自分の方だった。…むしろ、そばに置いておきたくなる。
執拗に構う気も、ないのだが。


ヒカルから缶コーヒーを受け取り、「無糖」の表示を確認してからプルタブを引く。(前回の失敗があったので)一口飲んでから、緒方は先程かじりかけていたハーブチキンとレタスのパニーニを手にした。
ヒカルは大人しくアイスを舐めている。

「食ったら寝てしまえ。向こうに着くのはどうせ夜だ」
「……ねぇ」
「ああ?」
「どこに行くの?」
少し不安げな表情で聞いてくるヒカルに、緒方は口の中のものを咀嚼して飲み込んでから、応えた。
「見せたいものがあってな……一年に一度しか見られない」
「だから……!」
さらに言いつのろうとしたヒカルの口を、緒方はそっと指を触れさせることでさえぎる。

唇に、固い指の感触。
指に、柔らかな唇のぬくもり。

「…お前に見せるまでは、秘密だ」
どこか楽しそうな緒方の笑みに、ヒカルはそれ以上聞くことができなかった。

その反応に満足してか、緒方はニヤリと笑い、いつもは碁石を操る右手の固くなった指でヒカルの口元をぬぐった。
「ほら、ついていたぞ」
それを、わざと見せ付けるようにヒカルの目の前に差し出す。
緒方の長い指についた、白いクリーム。
……今、彼がヒカルにナニをさせたいかなんて、一目瞭然。

「緒方さんのドスケベっっ!!」
「何でだよ。もったいないだろう?」
「自分で舐めりゃいいじゃん!」
「俺はこんな甘いものなんぞ食わん。…同じ白いのでも、お前のなら別だが」

緒方のニヤニヤ笑いはますます深まる。こんなの、さっさと無視したいくらいだが、見知らぬ土地、車の中でふたりきり。自分に不利な条件ばかりがそろいすぎていて。
時間がたつほど、車のヒーターのせいでソフトクリームはとけてゆくし。
早くしないと、とけたクリームが服に落ちてしまうかもしれないし。
……それに。

緒方の、長くて大きな、骨張った指。自分のと違う、大人の手。タイトルを手にした、トップ棋士の手。

―――ヒカル自身が、好きなのだ。その、緒方の手を。
眺めるのも、触るのも、触られるのも。

それを知っていて、わざと緒方はこうしてみせる。
それを知っているからこそ、ヒカルは嫌がったのだけれども。
――逃げ道も塞がれて。
「そう」せざるを得ないような状況にもっていくのが、緒方の優しさだと、気付いたのはいつだったか。

…だから、ヒカルは半ば安心して、緒方の誘いに乗ることができる。
本当は、ヒカルがそうしたいと思うことだから。


ヒカルは、小さく口を開けて舌を覗かせると、ぺろりと、緒方の指についた白いクリームを、舐めた。
一舐めで、すぐになくなるくらいの、わずかなそれ。
満足そうに微笑む緒方の隙をついて、ヒカルは素早くとけてたれそうになっていたソフトクリームを舐めとり、緒方に口付けた。


「……甘い………」
キスした後の、「何しやがるんだ、コノヤロウ」的表情を見て、ヒカルは少し溜飲を下げた。このくらいの仕返しはしておかないと、やられっぱなしは、癪にさわる。
「いーじゃん、無糖のコーヒーで中和すれば〜?」
言われるまでもなく、緒方はコーヒーで口の中の甘さを洗い流していた。
その様子に、ヒカルはくすくすと笑う。


コーヒーを飲み終えて、緒方はシートベルトを締めた。
「そろそろ出るぞ」
「どのくらいかかるの?」
「あと4時間だな」
「えー?!」
「だから眠ってろ。着いたら、抱きあげて部屋まで運んでやるから」
「やだよー。着いたら起こして!」
「普通に起こして、お前が起きたらな」

ソフトクリームを舐めるのに忙しいヒカル(ヒーターで相当とけかけていたし、車に落すと緒方がもっとうるさいからだ)に、シートベルトをしてやり、緒方は目的地に向かって愛車を走らせた。


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