2003年03月13日(木) |
『卒業』(掛川小ネタ) |
梅の花が満開になって、散りはじめ。 桜のつぼみがふくらんだ、晴れた日に。 掛川高校の、初めての卒業式が、行われた。
…それは、ほんとうに「ごく普通の」卒業式で。 思い出に涙する者、退屈な話にうんざりする者、入試の結果が分からず、卒業式どころではない者と、反応は様々だった。 在校生の送辞は、現サッカー部キャプテンである平松 和宏によって、優等生らしく無難に終わり、答辞は、写真部の元部長によってされた。…それは、型通りのものではない、自分たちの記憶や体験を思い出させる、それなりに感動できるものだった。最後に、「ありがとうございました」と、頭を下げた時に、形式ではない、心からの拍手が送られたくらいに。
卒業式に臨むとき、大塚は一足のシューズを、赤堀は古びたキャプテンマークを手に持っていた。 それについて、誰も、教師ですらも何も言わなかった。 自分たちと一緒に卒業する筈だったふたりの存在を、皆知っていたのだ。
夏の日に、超新星のような輝きを残して、散っていった、久保 嘉晴のシューズと。 その後をを受け継ぎ、掛川高校を高校サッカーの頂点まで押し上げた後、今度は次の夢へと、欧州に旅立っていった、神谷 篤志のキャプテンマーク。
三年前の今ごろ、一緒にこのできたての学校の門をくぐった彼らは、今、ここにはいないのだ。 だけどせめて、その彼らの一部くらいは、一緒にこの卒業式に参加したいのだと。サッカー部一同からの願いに、校長は快く頷いた。
やがて、式は終わり、在校生が歌う「ひとりぼっちのエール」が響く中を、胸に白い花をつけた卒業生たちが退場していく。 最近の曲が良い、という在校生たちの訴えは、音楽教師の趣味により却下された。そしてその教師の趣味だという誰も知らないというこの曲が選ばれたのだが、その曲の歌詞はまさに「卒業」するこの瞬間にぴったりくるもので、体育館に響くメロディは、それなりに感動的だった。 卒業生の殆どが、この曲の大合唱に目を赤くする。男子ですらそうなのだから、女子などは泣き崩れる者までもいた。 涙もろい大塚は、もう既に涙を流しており、しかしそれを隠そうともせず、久保のシューズを持って、退場してゆく。 赤堀も、目に涙をうかべながら、穏やかに退場していった。最後に、卒業生が通る通路側にいた和宏に、久保、神谷と受け継いできたキャプテンマークを手渡して。 矢野は目や鼻を真っ赤にしながら。小笠原は、涙を必死に堪え、俯いたまま。 彼らは、ゆっくりと退場していく。 掛川高校から、去ってゆく。
そして、彼ら、掛川高校サッカー部第一期生が、正門前で目にしたものは。
数ヶ月前、一足早くこの高校を巣立って行った、親友の姿だった。
「よぉ」
いくぶんか照れた笑みを浮かべながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだ、見慣れた姿勢。見慣れた姿。その足元には、白と黒とのサッカーボール。
「神谷!!!」
彼らは、一斉に走り出し、その反応にニヤリと笑った彼は、くるりと背を向けて、走り始めた。 彼らが3年間走り続けた、あの、グラウンドへと。
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