2003年02月22日(土) |
『DEPARTURES』(ル神小ネタ) |
試合終了を告げる、ホイッスル。 その音を聞いた時に、 俺は、去年の夏から止まっていた時間が、動き始めるのを感じた。
「……アツシ」 「ん…なに?」 試合の熱をもてあましていた俺を抱きしめ、さらに熱く昂ぶらせて、上昇して、失墜した後。まだ軽く上下する胸をなだめるように、ルディが大きい肉厚の手で触れてくる。 少しくすぐったい感覚に身をよじりながら、俺はルディの肩口に額を寄せた。 ルディはそんな俺の顔を引寄せ、顔中にキスを降らせてくる。…さすが外人。キスが好きだよなぁ、と妙な事で感心してみたりして。 「試合後……医務室に行った後ダ。誰と話してイタ?」 ああ、見ていたのか。 ルディには隠す気がないので、正直に話す。 「…ん…セリエAのエージェント」 「フウン……イタリアも、アツシに目をつけていたのカ」 ルディは顔から首筋、胸のほうにキスを落して、すりすりと金髪をすりつけてきた。…なんか、でかい大型犬になつかれている気分だ。
「…怒らないのか?」 「ナニヲ?」 ベッドサイドの明りに反射する金髪に惹かれて、そっと触れて、指にからめる。…意外に柔らかい。 「『何で独逸に来ないんだ』って、怒鳴られるかと思った」 ルディは、俺の胸に軽く唇を触れさせて、そのまま低く囁いた。 「アツシに、独逸に来テ欲しいとハ、いつも思ってイル。サッカーを抜きニしてでも」 微妙に動く唇、吐息。言葉とともに触れて、感じる。
「…ダガ、同じサッカーをプレーする者としテ、セリエAは魅力的ダ。とても」 「ああ」 両手で、俺はルディの髪に触れる。それに促されたように、ルディは顔を上げ、俺に目をあわせてきた。
「俺は、アツシが世界ニ、俺たちと同じ舞台に出て来ることノ方ガ、嬉シイ。それが実現するのナラ、多少国が違っテいてモ、構わナイ」 ――独逸に来てくれれば、それは一番嬉しいけれど。イタリアだったら、まだ地続きだし、今までよりは、近くなる。 ルディの言葉に、俺は素直に微笑むことができた。 ルディの答えは、俺が、一番言ってほしい言葉だったから。
――まだ早い、とは思わない。 ――せめて高校を卒業してから――では、時間が無駄になる。 ――冬の三連覇はどうするのか――そろそろ、あいつらにチームを背負わせなくては、一人が居ないくらいで潰れる掛川では、ダメなのだ。 ――なぜイタリアに――一番早く、俺を評価してくれたから。日本の、プロにもなっていない、国際経験も乏しい俺を見つけ出し、評価してくれたから。
…きっと、これから待っているのは、俺が飛ぼうとすることを、阻む言葉ばかり。俺がどうしたいか、じゃなくて、俺をどう見ていたいか、という要求ばかり。 ……だから、ルディの言葉を聞きたかったのかもしれない。 先に、世界のプロサッカーで、力強く飛んでいるルディに。 そこで、「早く来い」と、俺が自分で飛び出すことを待っているルディに。
「独逸から、声がかからなかった訳じゃないぜ」 ルディがゆっくりと顔を寄せてくる。先手を取って、軽く顔を傾け、キスをした。 「でも、今、俺が手に入れたいサッカーは、イタリアにあるんだ」 ついばむようなキスを交わした後、俺は反動をつけて、ぐるん、とルディをベッドに押し付けた。 そして、ルディを見下ろしたまま、宣言する。
「俺は――世界に、イタリアに行く」
楽しみで、ワクワクする。こんな気分は久しぶりだ。 ルディも、同じように笑ってみせた。
「アア、楽しみにしてイル。UEFAで、対戦するのが楽しみダ」 「そっか。国内戦だけじゃないもんな」 「会いたくなっタラ、すぐニ飛んで行けル」 「アルプス越えて?(笑)」 「愛はアルプスを越えル。…我慢できなクなったラ、セリエAに移籍してもイイ。話はいくつか来ているカラ」 「うわ…、すっげー我侭」 「お前が言うカ?」
くすくすと笑いながら、ルディが俺の腰に手を這わせてくる。 俺も、ルディの割れた腹筋を指でなぞる。 きわどい所に触れられ、体がはねる。 じわじわと広がる熱。もっと熱いものを、貪りたくて。
欲しいものを、諦めなくて良いと教えてくれたのは、もうここにはいない親友。 それを許して、不器用な自分を見守ってくれたのは、掛高の、大切なチームメイト。 求め続けた先で待っていたのは………ルディ。
久保を失って、去年の夏から止まっていた時間。 それが、ゆっくりと動き出す。 少しくらい、急いでもいいだろう? 止まっていた時間は、短くはなかったのだから。
触れてくる手に、昂ぶる熱をさらにあおられながら、 俺は、欲しいモノを囁くため、ルディの耳に噛み付いた。
|