紫
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小学校のころ、年に一度だけ「父親参観日」という日曜日がありました。
「お父さんにも授業を見に来てもらおう」という企画だったのでしょう。
まだサラリーマンの週休が1日だけだった時代。
こどもも日曜に学校に行き、月曜を振り替えで休む、ということをしていました。
こんな企画、今もあるのでしょうか。
6年間、私の父は私の通っていた小学校に来ることはほとんどありませんでした。
私が忘れ物をしたときも、近所にいた職人さんに届けさせたり、私が病気をしたときも、職人さんに病院に連れていくように頼んだり。
それでも父を恨んだり、友の父をうらやんだりしたことはありません。
それが「普通のお父さん」と思っていたからです。
日焼けしてまっくろで、少し(かなり)おなかが出ていて、田舎から出てきましたとすぐわかるような顔の、お世辞でも「かっこいい」とはいえない父だけど、私はそんな父と、その父の「手」が大好きでした。
6年生になって最後の父親参観日がありました。
「来てね」と素直にいうのが恥ずかしく、「来ないで!」と母に強く言ってその日、学校に行ったのを覚えています。
学校から帰り、母親に今日の父の行動をなにげなく聞いてみました。
「アンタが来るなって言ったから、仕事に行ったよ。迷っていたみたいだけど。来ないほうがよかったんやろ?」
「ふぅ…ん…」
そのあと、父が私の通う学校に訪れたのは、大学の卒業式のときだけです。
なにかと有名人の多い我が母校。
いろんな人を目前に見られて、それはそれは喜んでいました。
そんな父を見て私は「ホントは父親参観にも来てほしかったんだよ」と心のなかでつぶやいたことも忘れられない卒業式、になりましたとさ。
おやすみ。
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