紫
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| 2003年07月11日(金) |
ココロのなかのいろんなコト |
まだ少しの動揺を残しながらも、小利別の宿を出発。
「竜月(りゅうげつ)」という北海道で有名なお菓子の工場に向かいました。
本州ではあまり知られていないけれど、道内では、六花亭(ろっかてい)と同じくらい有名なお菓子屋さんとのこと。
道民をたいせつにしたいから…と、本州には店舗は出さない主義だそうです。
甘いものにはあまり興味のない私。
でも、熱のこもった友の解説になんとなく行ってみようかな、という気分になりました。
途中、上士幌を抜けて行きました。
十勝の広大な景色になんとなくきょろきょろ・そわそわしながら、工場に到着。
おいしいソフトクリームを食べて満足。
ようやく昨日からの震えが止まったような解放感を味わいました。
連れていってくれてどうもありがとう。
そのあと、私の個人の用事で十勝清水の知人の家にあいさつ。
いつ行っても歓待してくれるその家の人たちが、私は大好きです。
それから迷いに迷っていた「富良野の母さん」の家に行きました。
ずいぶん前にお世話になり、それから毎年の年賀状と、ときどき旅先からのハガキを送ることだけは欠かしていませんでした。
一度、家に遊びに行ったことがあります。
そのときに食べたサンマとごはんがおいしかったのを覚えています。
つい先日、母さんが亡くなったと連絡がありました。
あまりにも突然すぎて、言葉が出ませんでした。
母さんの手紙には、いつも叱咤激励の言葉が述べられていました。
それからいつも「富良野に住みませんか」と言ってくれていました。
ぷっつりと、糸が切れたような気持ちのまま、母さんの家にお線香をあげに行くと、ちょうど四十九日だったようで、娘さんたちが集まっていました。
「父さん」も私のことはきっと覚えていないでしょう。
7月7日着で、友と連名で花をおくったなかの一人であるということを告げ、仏壇に手を合わせました。
もうこの家に私を知る人はいないんだな、と思っていたそのとき。
「その仏壇の横の花がこのあいだ、届いたんだ」
今まで黙っていた父さんが連名で送った花を指差しながら、急に話し出しました。
娘さんたちもびっくりしていました。
「5人か6人くらいいたけど、オレの知っているのは1人だけだった」
舌がまわらないのか、方言がきついのか、父さんの言葉を聞き取るのに必死でした。少し痴呆がかっているようで、娘さんたちも「わからないっしょ」っと言っています。
父さんの口から出た「1人」の名前を聞いて、今までこらえていた涙がイッキにあふれました。
「いつも手紙をくれていたんだ」
そう言いながら、奥の間に入っていく父さんの姿を見送り、少し微笑んだ母さんの遺影に、もう一度、手を合わせて帰りました。
もう二度と、この家に来ることはないのでしょう。
さて、今日の宿は旭川の北にある比布の宿です。
あたたかいあたたかいその宿に、楽しい夜が過ぎていきました。
今日もまたココロのなかでいろんなことがありすぎて、少し疲れてしまったのでしょう。
少しメールをしながら、一足早めに眠りました。
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