紫
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| 2003年01月27日(月) |
思い出になりきらないたくさんの感情 |
「ある事象が思い出に変わるまでに、どのくらいの時間が必要なのか」
以前、日記でこんなことを書きました。
たぶん、去年の7月ころ。祇園祭の季節でした。
あれから半年経ちましたが、まだわかりません。
少し前まで、短歌を詠んでいました。
私のなかの「楽しい」や「うれしい」、ときには「悲しい」や「切ない」という気持ちを、歌に詠むことで「気持ちのアルバム」という目に見える「形」になります。
「形」になることで、それは思い出に変わり、そして「宝箱」にトントンと、整理・整頓されていきます。
ときどき、アルバムを開いてみると、一首のなかにいっぱいに詰め込まれた気持ちが、フリーズドライを溶かしたように、わっと私のなかにあふれ出ます。
最近は、短歌は詠みません。もしくは、詠めません。
詠めなくなったから、気持ちの整理・整頓に私は困っているのか、気持ちを整理・整頓したくないから、短歌を詠まなくなったのか。
そんなことはもう、どちらでもいいことです。
今は、この私のなかに滞っている「思い出になりきらないたくさんの感情」を、一つ一つ確認しながら言葉にすることでせいいっぱいです。
その言葉が誰かに拾われることで、「虚」のようにさえ思えていた感情が「実」という「形」になり、そうしてゆっくりゆっくり「思い出」に変わっていくのを、ただただ、待ち遠しく思うだけです。
「思い出の宝箱」に新しい思い出たちが加わるまで、さて、どのくらいの時間がかかるでしょうか。
くやしいことに、それはちょっとした「楽しみ」になってきています。
おやすみ。
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