さて、約1時間ほどハイウェイを文字通りぶっ飛ばし、(普通の公道でさえ制限速度は90キロ/時間なのだよ)、彩づき始めた森の中をどんどん進んでいくと、ペンパルが住んでいる家へ到着。 家の真向かいには、隣家の馬場があった・・・。葦毛と栗毛が別々の柵の中で草をはんでいた。 ええ、くる途中で野生の狐を見ましたね。ああ、牛の方が多そうですねこのあたり。・・・つまり、街の中じゃないのだ。
今回は、以前に訪れたときより家族が1人増えていて、友人夫妻に5歳と3歳の二女。 上の子に最後にあったときには、まだ歩き始めたばかりだったが、果たして歳月とはかくも流れる!
なんとまぁ、愛らしく育ったことだろう。濃い金髪に深いブルーの眼。 刹那の要求しか示さなかったあの赤ん坊ではない。 きちんと物を筋道立てて考え、相手のことを思いやることができている。
下の子は、なんとまぁおてんばでお喋りなんだろう。一時もじっとできず、お姉ちゃんのやることなすこと片端から真似し、取り上げて喧嘩しては泣き。
黙っていれば、二人とも天使なのだが、しゃべり始め、動き始めると、おやおや、つんつんととんがったしっぽが見え隠れする。 とくに、3歳はまだ幼児というよりも赤ちゃんの域。夜はおむつをして寝なければならないし。 食事時は、集中できずに気が散って、最後までなかなか進まない。すぐに「いらな〜い!!」と声を上げ、ぐずる。
うーん、つまり、どこの国の子供も、変わらなかったわけだな。 えらいのは、父ちゃんだ。 相変わらず忍耐強い人だなぁとおもって、感心してしまった。 もっとも、幼い頃の彼は、「娘」にそっくりだった、というのが周囲から聞かされた話だ(笑)
5歳児は現実世界の言葉を話してくれるので、なんとなく意志が通じるのだが、3歳児の言葉の世界は、感情でできている。
両親にも、わからない滅茶苦茶な言葉の羅列が多いらしい。 私が聞いてもおかしなことを言っていて、 「私は3個なの!」(3歳といいたいらしい)とか、「ブンブンブン、みゃんみゃんみゃん!」とか、終始、擬音が炸裂している。静かなのは、寝ているときだけだ。 ああ、それでも、なんと可愛いのだろう。
母親と父親の時間配分だが、母親が多少多い感は否めない。 子供は終始母親を取り合っていたしなぁ。
しかし、父親の子供の面倒を見る時間といったら、平均的な日本人父とは比べ物にならないだろう。 2人の食事の世話を焼き、歯を磨かせ、風呂に入れ、ぐずれば肩に担ぎ上げてあやす。 うーむ。既に専門職の域だ。
家の中が改装中なので、あちこち壁紙が張りかけだったり、塗りかけだったりしたが、大工仕事も自分でこなし、私が滞在している間に、トイレに棚が増えていた。
■本日のBGM
"Reality" David Bowie
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