祖母と同居している叔母夫婦+従妹夫婦が、草津に行くので留守番に来て欲しいといわれたので、引き受けた。 本当は、日が合えばハハが行くのだが、ハハはハハで、既に会社の友人達と松島へ行く旅行の算段を済ませたあとだったのだ。
私は幼い頃に祖母に一番可愛がってもらった総領孫娘なので、祖母に対する愛情は、多分11人いる孫随一ではないかと自負がある。 人は優しくされたことによって、人に優しくできるのではないだろうか? もし私が他人に対して優しくできるなら、それは祖母が私に優しかったからだ。 少なくとも、私はそう思っている。
土曜の朝早くから、叔母達は出かけていき、あとは祖母と、家のことはなんにも出来ない従弟と、大福猫が残ったのだった。
大福猫とは、真っ白い洋猫の血が混じった雑種で、アイスブルーの瞳のおでぶちゃん猫である。 名前はしろちゃんとか、なまってちーちゃんとか呼ばれているようだ。 こいつが、大食漢で困った。 赤ん坊並に、3時間置きくらいに食事を要求するのだ。 だから、上から見ても丸いんだ〜〜!
祖母は足が不自由になってきていて、記憶の混乱も多少はあるような印象を受けた。 幸い、寝たきりにはまだなって居らず、背中も骨粗鬆症のせいでだいぶ曲がってしまっていたが、多少は何とか動ける。 心配なのは、本人が目がかすんで見えない(加齢による白内障)だとか、思ったように体が動かないだとか、非常に悲しそうに訴えることなのだ。 生きる意志を失ってしまいはしないか、本当に気がかりなのだ。
そのせいか、先年亡くなったスウェーデンのおばあちゃんのことを思い出して辛かった。 彼女は、長く生きたからもういい、と思っていた節があった。 94歳だったので、天寿だったのかもしれないが、私は彼女と余り通じないながらも言葉を交わすのが好きだった。 とても静かな時間だった。ベルイマンの映画のワンシーンのように。
だから、改めて「老いること」ということを、考えないわけにはいかなかった。 祖母のの介護をする覚悟はあるし、ハハもいずれそうなるだろう。 今から多少の勉強をした方が、絶対にいい。 今回、私があまりに無知で、間違った接し方をしているのではないか、すごく迷った。 病気の症状と対応、一人の人間として対等に扱うこと、そして尊敬を示すこと。 全てがとても難しい。
だから、手を引いてベッドに連れていき、布団を掛けるたびに「ありがとう、ありがとう」といってくれる祖母の言葉に、涙が出た。 遠からず、別れが来るだろう。 それはわかっているのだ。 許容できないだけで。
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